リリアン:岸政彦著のレビューです。
読んでいるうちに五感がどんどん研ぎ澄まされてゆく
いいねえ、岸さんの描く大阪。そして、男女。
ひたひた、ひたひた、哀愁や切なさが伝わって来る。
リリアンって、てっきり登場人物の女性の愛称かなにかと思っていた。違いました。リリアンって、女子なら一度はチャレンジしたことがあるであろうあのリリアン。↓こんなやつ。昭和のリリアンと若干違うけど、この器具で紐が永遠と編めるというね。その紐は何に使うのかも謎のまま編み続けるちょっとシュールな手芸。懐かしい~~。
これが男女の会話の中で登場する。女はリリアンの思い出話を「話して」と男に何度もねだる。その時のふたりのやりとりがとても印象的。なんてことないシーンなんだけど、ふたりだけの空気感がものすごく伝わって来る。こういう平凡な小さな幸せが濃縮されているような時間っていいよなぁ。時が過ぎたとえ別れてしまっても、案外ずっと覚えていて、たまに何かの拍子で思い出す.....。そんな会話なんだと思う。リリアンは。
とは言え、この小説はハッピーな恋愛小説とは違う。なんとなく、くらげのように漂う男女。二人でいるのになぜか切ない。「結婚」という現実を口にしたことによって、消えてしまうような不安定さがある。好きだけど、距離が縮まる怖さみたいな....。
たくさんの会話が出て来る。次々交わされる言葉のやり取りがそうさせるのか、まるで隣で聴いているような臨場感がある。そして、よく知らない大阪の街でも、なんとなく風景が浮かんでくる不思議さ。やはり、岸さんの描く文章はどこか映像的なんだな。
ジャズベーシストの男と、場末の飲み屋で働く年上の女。特に女には辛く悲しい過去がある。もう設定だけでお酒を片手に「人生」という音楽が流れ出しそうな雰囲気ではありませんか。
ということで、レビューを書くのは難しい。五感を研ぎ澄まして感じる小説なんだと思う。その匂い、その音、その光、その温度、その一瞬一瞬を掴んでいくような小説なのです。だからここでどの部分が....的なことが書けないのがもどかしいのだけれども。
好きな人はどこまでも好きだと言えちゃうだろうな、この作品は。ひたひたとした切なさや孤独、刹那、夜、海。気になる方は一度岸さんの世界を覗いてみてください。ハマるぞ(笑)