i(アイ) : 西加奈子著のレビューです。
この世界にアイは存在する?存在しない?
この本の感想をいざ書こうとすると、これがまたなかなか自分の中でまとまりがつかない状態が続いていた。
それもこれも今回の作品は、私がこれまで読んできた西さんの作品の中で一番「深い」ものを感じさせられたからかもしれない。いつもならちょっと痛いシーンに出合っても、カラッとしたお笑いが助けとなって、気持ち的にもどこか軽やかだった。
しかし、今回はそういうわけにはいかず、薄暗い部屋の中でずっと膝を抱えて座っているような空気が小説の中に満ちていた。いつもみたいにクスリと笑う場面は、記憶する限りでは一行も・・・なかったと思う。
国籍、人種、アイデンティティ、セクシャリティ、家族、友人、伴侶、不妊、中絶。
これらすべてが複雑に絡み合った内容で、西さん、非常に難しいテーマにあえてチャレンジされているなーと感じずにはいられない。
でも、同じテーマであっても、西さんならではの視点というものがしっかり言葉になって反映されていて、だからこそ非常に心に染み入るものがあった。
主人公アイはシリアで生まれ、アメリカ人の父と日本人の母のもとに養子として育てられている。住んでいる場所はアメリカや日本。
自分のルーツはシリアにありながら、養子先の両親が国際結婚という環境。 養子という話ならまだしも、これがまた国を超えて来ているわけだから余計に「自分が何者であるのか?」という疑問が常に付き纏ってしまうアイの不安定な気持ちは計り知れないものがある。
幸い、両親は経済的にも裕福だし、学校では良き友に出合い、そして、良きパートナーにも恵まれたアイではあるのだが、彼女にはいつも「孤独」なものを感じさせられる濃い影がある。
アイは成長し、血のつながった唯一の存在が欲しいと強く望むが、子宝に恵まれず。一方、親友は一夜の相手との間に子どもを宿すが中絶を決心。親友の行動に大きな失望を感じたアイはさらに孤独の底へと落ちてゆく。
「この世界にアイは存在しません」
小説内の要所要所に登場するフレーズ。何度も見るうちに、この無機質で乾いた言葉が、読者を追い込むように不安にしていく。
アイだってきっと不安だったのだろう。自分の存在意義を模索して、模索して・・・。
世界では日々様々な出来事が繰り返される。たくさんの人々が災害や戦争、事件によって死んでゆく。そんな出来事を挟みながら、アイの揺れ動く心の変化が繊細に描かれてゆく。
やがて、私たちは「この世界にアイは、存在する」という言葉が生まれることに大きな期待を向けるようになる。
幸いアイの周りを包む人々はみんな思慮深く、アイのことを大きな優しい愛で見守っていること。そこには血の繋がりや国境を越えた、なにかもっと「強い」ものがあり、それはきっと皆がみんな、小さなことも決して不真面目にしなかったことが実を結んでいるように思えた。
やぁ・・・本当によくぞこんなにも複雑で難しいテーマを、ひとつの話にまとめたなぁ・・・と、感想を言うのもなんだか申し訳なく思えるほど素晴らしい作品であった。
アイの生い立ちは自分とはあまりにも遠い場所にあるけれども、西さんの作品を通して今まで無関心だったことに目を向ける、気にかける、想像する、そんなことのスイッチを入れられたような気分になりました。と同時に、大地にしっかり足を踏ん張るような力強さをも与えてもらいました。
これはきっと西さんがずっと伝えたい、伝えたいと思っていたメッセージがたくさんつまった小説なのではないだろうか。西加奈子さんはどんどん進化してゆく。ずっといつまでも私たちに読む驚きを与えてほしいと思える作家さんだ。





