うずまきぐ~るぐる 

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【レビュー】八幡炎炎記:村田喜代子

 

八幡炎炎記:村田喜代子著のレビューです。

八幡炎炎記

八幡炎炎記

 

 

 

◆人間なんてららーらららららーらー♪

 

 

人間誰しも蓋を開ければ、時に情けなかったり、気弱だったり、
小ずるかったりするわけだけど、そんな人間臭さや愚かさを
正面から見るような場面はめっきり少なくなった。

本書は今となっては人々があまり大っぴらにしない
「人間の臭い部分」を包み隠さず描いているところに面白さがあった。

だからなのか、登場する人々の行動や言葉には、
何とも言えない吸引力がある。

大人が泣く。
アル中男が大暴れした末に、母親でもない他人に抱きつき
おんおんと泣く。彼は酒のせいで子供返りしているのだ。
「オンマ、乳くれえ」って。

抱きつかれた方も呆れてはいるものの放っておくことはせず、
とん、とん、とん、と布団の上から胸元を叩いてやる。
やがて軽い鼾が聞こえてくる。

子供も泣く。
子供は自分の悲しみがどこから来るのかはっきりと解らない。
自分の感情に戸惑う。それゆえに子どもたちが泣く場面は胸を締め付ける。

ここに出てくる子供たちはみなし児ではない。
親きょうだいは居ても肉親に縁の薄い子たちである。
とは言え、ちゃんと面倒をみてくれる大人たちはいる。

現状不自由な生活ではないけれど、美空ひばりの唄を聞き、
何かが突如決壊したかのように一人の女の子がえーんと
大きな泣き声をあげると、他の子もわーんと泣き出す。

大人も子供も一生懸命に「泣く」。
こんなにもあられもなく泣くのかと思うくらいに。
心の中に渦まいていた毒素を浄化させるかのごとく泣く。

つまるところ人は皆、心の中に何らかの闇や淋しさを抱えている。
男も女も子供も老人も病人も、その隙間を埋めるために、
ダメで情けないと解っていても悪い方向に流されていくこともある。

そして心の中に毎日蓄積された“ごちゃ“っとしたものが、
いろんな形になって人々の行動に現れる。

コントロール不能になって、自分の感情をむき出しにした大人と子供。
本書の「泣く」場面は、剛速球でやって来て、深く心に刺さる。

製鉄所のある北九州八幡を舞台にした本書は、当時の活気ある町の様子も含め
ヒナ子という一人の少女の成長を軸に、ちょっと愚かで薄汚れた大人たちの
日々を描いた村田さんの自伝的小説。

その内容は多岐にわたり、村田さんの個性が光るエロチックなシーン、
摩訶不思議なシーンを挟み込みながら時代を駆け抜けていく。

お便所の穴の中に篠栗山の霊場があり、そこを白装束を着た
おばあちゃんたちが黄土色の山谷を巡っている

 
━━━━なんて場面が登場するんです。不気味でしょう。
村田さん特有のこういう表現に最初は戸惑ったけど、今は嬉しくてゾクゾクする。

特に何かに向かって進むような小説ではなく、日々の生活を描いたものに過ぎない。
しかし、随分とたくさんの人と出合い、いろんな出来事を目にして来たなぁ
という興奮が残る。本を読み終わっても様々な人々のワンシーンが浮かんでは
心のざわめきが止まらない。

続編はどこまで描かれていくのか・・・
あの人たちのその後がまだまだ読めるのかと思うと喜びが込み上げる。