(小説)台所のおと台所のおと :幸田文著のレビューです。
感想・あらすじ
この小説のタイトル、好きです。
これが、「キッチン」になると全く温度が感じられないのですが、「台所」ってなると包丁の音や、鍋から上がる蒸気のシュッシュと忙しく音を立てている様子等が一気に想像できてしまうという…あったかい世界が広がります。
小さな料理屋をやっているひと組の夫婦の話。
佐吉は体調を崩し、病床から障子一枚を隔てた場所にある台所で、妻のあきが仕事をする音を聞きながら日々を過ごしています。
そんな「台所」からの音で、妻の調子を察してアドバイスをしたり、料理の手際や上達度に感心したりと、しっかり観察しているのです。
「今日は機嫌がいい」とか「あ、ご機嫌ななめだから、そっとしておこう」
など、ともに生活していたり、仕事をしていると、ちょっとした事柄から察することは誰にも経験があること。だから、なんとなくこの風景に共感が持てるんです。
「みな角を消した面取りみたいな、柔らかい音だ」
妻の放つ音からこんな感想を漏らす佐吉。
自分が出す音を、こんな風に表現されたらきっと嬉しいだろうなぁ…。
慎ましい動きをしているからこそ、こんな言葉が自然に出て来るのでしょうね。
日ごろ、ドタバタしている自分。こんな文学的な音を放つ女性になりたいと真似してみるも、面取りされず尖った音ばかりが耳に残る…。
佐吉は自分の病気がもう治らないことを自覚している。そんな夫を気遣い妻も台所の音をはなやかにしなくては…と思うのである。こんなささやかな愛情表現もいいですね~。
本書は10の短編が収められています。
全体的には病気や老いを扱ったものが多い。その中でも表題の「台所のおと」は秀逸で、何度も読み直してみたくなる作品です。佐吉と一緒に自分も五感を研ぎ澄まし、台所のおとを聞いている世界にいつの間にか惹きこまれていました。
幸田さんにかかると、平凡な日常風景にパッと「彩」が加わった世界に変わる。
その瞬間に出会いたくて読みたくなる作家さんの一人です。
台所のおとに耳を傾けてみませんか?
日ごろ気付かない何かが聞こえてくるかもしれませんよ。
出版社(講談社、講談社文庫、岩波少年文庫)