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*** 新しい本との出合いがきっとある★書評ブログ ****

【レビュー】坂の途中の家:角田光代

 

 

坂の途中の家:角田光代著のレビューです。

坂の途中の家 (朝日文庫)

坂の途中の家 (朝日文庫)

  • 作者:角田光代
  • 発売日: 2018/12/07
  • メディア: 文庫
 

 

 

角田さんの描く関係性の違和感はじっとり纏わりつく

 

 

のど元にずっと小骨がひっかかっている感じ。
ここ最近の角田さんの小説を読むと感じるこの違和感。
どうにもこうにも胸がざわついて、ざわついて。

 

重いテーマである。
30代の女性が生後8カ月の赤ん坊を浴槽に落として死なせてしまったという虐待事件の裁判を扱う。

 

法廷で明らかにされていく被告人の証言から、補充裁判員に選ばれた主人公・里沙子は、いつしか自分の境遇と重ね合わせてゆく。この主人公の女性にも3歳になる娘がいる。

 

被告人と里沙子の日常描写を行ったり来たり。読みながらずっと問題を突きつけられているような重苦しさから逃れたくても逃れられない。それは本を閉じるまでずっと続く。

 

とにかく角田さんの描く日常風景の細かさには舌を巻く。
ミルフィーユのように何層も薄く薄く積み上げていく。
じわじわとその得体の知れない違和感が読者に乗り移る。

 

子供を殺したという罪はとても大きい。
しかし、事件の背景にあったものは一体なんだったのか?
ここを探ってゆくと、被告人の女性、主人公の女性に共通したものが見えてきて、日々の何気ないことの積み重ねが、人をここまで追いつめるということの怖さに気付かされる。

 

しかも、一番近くにいる家族に潰されるのだ。
じりじりと妻の自信を潰す。じりじりと。

 

たとえば夫とのやり取りで、任せるといわれる。何かを決める、間違いだと指摘される。常識を疑われる。

 

こういうことが結婚した時からずっと続いていた主人公。
自分の常識などに自信がなかった彼女は、夫のこのような指摘を受けるたびに、ますます自信がなくなり、劣等感を持つようになる。そして、育児にまでも影響が出て・・・と、悪化の一途を辿ることになる。

 

里沙子は裁判が進むなかで、これまでの自分たちのことを反芻する。夫はなんの目的でこんなことをするのか?うぅ、、この嫌な感じ。以前もどこかで感じた。・・・と記憶を手繰ったら、同著の「私のなかの彼女」に行き当たった。

 

恋人や妻が自分より優秀であるとか優位に立っている状況をよしとしない男性が世の中にはいるもので、この2つの小説に登場する男性たちはまさにそういうタイプ。妻を自分より優位に立たせないようじわじわと劣等感を植えつけるのだ。

 

 

 

里沙子に関しては、結婚前、母親にもその傾向があったということで、余計に自分に自信が持てなかった。

 

初めての育児。分からないことだらけ、思うようにならない我が子。夫の何気ない指摘にビクビクしながら過ごす毎日は孤独の闇に包まれる。幸い里沙子は事件を起こす事態には陥らなかったが、自分も一歩間違えれば・・・という気持ちでいっぱいになる。被告人とどこまでも重ね合わせて考えはじめる里沙子の状態はどんどん病んでゆく。

 

たかが缶ビール2本くらい飲んだくらいで、「アルコール依存」呼ばわりする夫の言葉を、笑い飛ばせる妻もいれば、里沙子のように何事も必要以上に神経質に受け取ってしまう妻もいる。この分かれ目はとても大きい。

 

昨今、身内間での殺人事件が多い。
身内に追いつめられるということが一体どういうことであるのか・・・
本書のテーマは見逃せないものがたくさん詰まっていると思います。

 

こうして書いていても息苦しく、気持ちがなかなかまとまらない。ひとつ言えることは、角田さんの描く関係性の違和感はじっとり纏わりつく。

 

ずっと私たちに問題を投げかけて止まない強い執念のようなものを感じずにはいられない。いやぁ・・・恐ろしい作家だ。