奇跡集:小野寺史宜著のレビューです。
☞読書ポイント
同じ電車に乗ることは、一時の運命共同体
いや~~電車の中のたった数分でも、これだけのことが起きてる、これだけの人々の人生が詰まっているものなんだ....と改めて思う。特にいくつかの駅を飛ばして走る特急とか快速などは、目的の駅まで止まらない。その数分、閉じ込められた空間を共にする人々は、言わば一時の運命共同体なのだ。
本作はそんな短い時間に、たまたま同じ電車の中に居て、同じ光景を見ていた人々を描く。各々がどんな目的でどこへ向かっていたのか。そこには意外な人々の生活が潜んでいた。
短編ですが、同じ電車に乗っていた人々ということで、どの話にも共通した光景が描かれている。それは、ある女性が具合が悪くなりその場にしゃがみこんでしまったシーン。この光景の目撃者たちが、それぞれの視点でこの時のことを語り、やがて、個々の話に展開していくとい内容。少しずつ人々が絡み合う。
特にその個人個人の話はバラエティに富んでいる。冒頭のトイレを我慢している青年の話は緊張感が漲っていたし、余命短い父がいる娘の話は思わず泣かされる胸に迫る話だったし、夫の浮気相手を尾行する主婦の話はハラハラさせられた。また、痴漢の容疑をかけらた男性の話には、「冤罪」ということを考えさせられる。証言者が現われなかったら犯罪者になってしまったかもしれないこと、日常で起こり得る話のひとつだ。
同乗者同士、干渉することなくスマホをいじったり、本を読んだり、風景を眺めていたりする車内だけど、意外にも皆しっかり他者を意識してるし、観察しているものなんだということが解る。特に具合が悪くなった人が出た時、痴漢を目撃した時など、人々はどんな形で行動を起こすのかなど、本書を読んでいると十人十色、本当にいろいろだ。自分は見られていないと思っていても、どこかからあなたを見ている人がいるかもしれない。そんなちょっとしたゾワゾワもあった。
どこまで「奇跡」と解釈するかは人によって違うと思うけど、同じ電車に乗り合すこと自体が、ある意味「奇跡」なのかもしれない。電車に乗ったら思わず同乗者を見まわしてしまいそうだ。あの人も、この人も、きっと何かを抱えている。
【つなぐ本】本は本をつれて来る