彼方の友へ:伊吹有喜著のレビューです。
暗い時代だからこそ「友へ、最上のものを」
同著の「地の星 なでし子物語」を読んだばかりだったのですが、本書はまたガラリと雰囲気が違う小説で、伊吹さんの守備範囲の広さを感じすにはいられません。前作を全く引きずることがなく、同じ作者という匂いを読者に全く感じさせないとこが単純にスゴイ。
憧れでもある実業之日本社「少女の友」という雑誌。
川端康成や吉屋信子、中原中也の錚々たる顔ぶれに加え、装丁画は中原淳一などが描くという、今となってはあり得ないほどの超豪華な少女雑誌がかつて存在した。
戦争がすぐそこにあった激動の時代に、少女たちに夢と美しいものを常に提供していた「少女の友」。そんな雑誌に著者が感銘し、小説にしたという一冊です。
主人公ハツが16歳頃から振り返る話は、彼女が長い年月を経て老人ホームで暮らしているシーンからはじまる。
彼女は貧しい家庭環境に育ち、西洋音楽の塾を営む家で女中として働きながら歌とピアノのレッスンに励んでいたが、やがてそこで働くことも困難になり、次の職場を探さなければならなくなった。そんな折に叔父さんから紹介されたのが「乙女の友」の編集部。
彼女の大好きな「乙女の友」を編集している会社。
希望に胸を膨らませ、弾むような気持ちで入社する。
憧れの作家のもとで働く毎日は、右も左もわからないことだらけで何もかもが一からのスタート。知識のなさにコンプレックスを感じたり、失敗も多々あるけれども、大好きな本を、最上のものを読者に届けるという気持ちは熱く、懸命に努力しながら編集部にしがみつく。
やがて世の中は戦争の波に呑み込まれ彼女が編集部の柱となって支えるという状況に追い込まれる。自信はなかったけれども出兵した男性たちの代わりを懸命に踏ん張ろうとする日々。
戦前戦中にあって、編集内容自体にも規制がかかる。
このあたりは「少女の友ベストセレクション」で知った昭和20年8月号の色のない表紙の「少女の友」のことが思い浮かぶ。休刊なしで発行し続けたという話はとても印象的であった。
さて、物語は戦争真っ只中の状況へ移って行く。
中だるみのような感じが途中あったけれども、後半はグッと心に迫って来るシーンが続く。
そしてヒロインのハツが終始心の支えにしていた美しい付録、フローラゲームのカードの存在も大きくクローズアップされる。この美しいカードはハツだけではなくたくさんの日本の少女たちの胸に刻まれたことだろう。
「少女の友ベストセレクション」は、この本をこよなく愛して来た読者の想いが詰まった内容であったが、本書はそれを作る側からの想いが詰まった小説であった。
二つが繋がったともいえる今回の読書から、読者と編集者がこんなにも強い絆で繋がっている雑誌はもう二度と登場しないのではないかと改めて思った。
今でも当時の少女たちがこの本のことを語る時、キラキラ目を輝かすのは、美しい詩や文章、イラストが彼女たちの脳裏にはっきり浮かぶからであろう。
最後に、
わたしもかれこれ700本の書評を書いて来た。
いつまでたっても代り映えしない文章にじれったく思ったりする日々でもあるわけだが、本書を読んで人に文章を届けること、伝えることの大事な部分を教えてもらった。
それは技術的に文章が上手くなることとか、小難しい文章が書けるようになるとか、そういうことではない。日本語という美しい言語を扱う上での心がまえとでも言おうか。
文章の向こう側に読んでいる人がいることを踏まえ、改めて言葉を使うことの重みを心に刻んだ次第です。
あと、参考文献がたくさんありました。
これ、ちょっと危険です。面白そうな本たくさんあっ(......以下略)