夏日狂想:窪美澄著のレビューです。
☞読書ポイント
感想・あらすじ どんなときも胸のなかにいたあの人
窪さんの作品は漏れなく読むことに決めているので、なんの情報も入れずに読み始めたわけだが、今回は装丁からしていつもと違う雰囲気。一体どんな内容なんだろう?ちなみにタイトルの読み方は「かじつきょうそう」です。
読み始めて数分後、吉屋信子さんらが書いていた少女小説の「エスの世界」が広がってくる。おぉ!窪さん、そちらにチャレンジしたのか~と、窪さんのいつもの作風とのギャップに、居心地の悪さと期待が入り混じる。
しかし、主人公の少女が学校を卒業し上京したあたりから、ちょっと少女小説とは違うなぁと思い始める。そうなのだ。これは誰かの評伝小説みたいなのだ。となると、これは誰の話なのか、とても気になるのだけど最後のお楽しみにしようと、とにかく小説に集中!
主人公・礼子は広島県出身。時は大正時代、女性は学校を卒業すると嫁に行くのが当たり前だった。彼女は女優になる夢を捨てきれず上京。夢を追いかけながら、彼女にはいつも好きな男性がそばいた。しかし、好きな人が現れるたびに、あさっり付き合っている男性を切り捨て、次の男性へと。
女優としてなかなか花開かず、男性との関係も落ち着かず、最初は礼子という女性が一体何がしたいのかと戸惑うばかりだった。好きになる男性は、詩人や作家、評論家など。まだ花開く前の彼らの才能を見抜き、彼女は支える側でいることに喜びを感じている向きがあったけど、もっと自立できる人であるはず。....そんな思いが私のなかにあった。本当の意味で彼女が満たされるのは、きっと自分のしたいことが実現できた時だろうと。
さて、男性たちとの関係だが、これまた後半へ行くほど意外な方向へ。あれだけ簡単に切り捨て別れた詩人が、彼女の気持ちの中でずっと生きていたこと。幾度誰かを好きになっても、彼女の心の中には常にこの詩人が居た。戦争で焼かれることなく残った彼の本を大事にし、たまにその本をひとり開いては思い出していた。その時間は誰も立ち入れない、そこだけが彼女の唯一安らげる居場所になっていたような感じすらした。
「ビー玉のような目」という一文で、詩人が誰だか想像はできていたが、実はその詩人について私はよく知らない。なので「へー、おませさんだなぁ。中学生なのに、すでに年上の女性とこんな泣きわめくような恋愛をしていたのか....」と、意外な一面を知った。これはちょっと本腰を入れて彼の詩を詠んでみたいとも。
ラストもちょっと意外というか、まさに散っていくような....でも、ようやくって気持ちも。いろんな思いが読者の中にも巡ってくるような最後のシーンだった。
当時の物書きは生きる熱量が本当にすごいなっていつも思う。女性も肉食というかね。仕事も恋愛も「欲しいものは欲しい」という感情に素直に生きている。それに、20代そこそこで今では考えられないほどいろんな経験をしている。そんな生き方をしていた作家も、おそらく瀬戸内寂聴さんあたりまでじゃないかな~。昨今、こんなに激しい生き方をしている作家の名は聞こえてこない。
窪さんも色々チャレンジしていますよね。こういう作品は、昔ちょっと話題になった人々を掘り起こしてもらえるし、知らなかったことが一気に知れて読んでいてためになる。そして関連本を読むきっかけにもなるので読書の幅も広がる。....のが、ちょっと嬉し辛い(笑)
チャレンジ作品も良いけど、そろそろ窪さんの得意分野である現代社会を切り取ったヒリヒリ、ズキズキする長編小説を読みたいと思うのである。
モデルになった人々
ということで、登場人物のモデルになった人々は誰だったのか?―――男性は小林秀雄と中原中也。主人公の女性は長谷川泰子でした。
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