漱石の妻 :鳥越碧著のレビューです。
夫婦のことは夫婦にしか分かり得ない…ってことでしょうか。
夏目漱石の奥さんは悪妻だという定評があるらしいですが、妻・鏡子が悪妻ならば、当時の「良い妻」とは一体どんな人のことを言うのか?逆に気になってしまいます。
見合いで「歯並びが悪いのを隠さなかったのが気に入った」と漱石は鏡子と結婚。そもそもこんな褒め言葉って…もう少し言い方がなかったものかなぁ。この言葉そのものが漱石という人物をよく表し、その後の生活の行方が見えるような感じが早くもします。
鏡子は決して美しくなく、学歴もない。そんな自分のコンプレックスを抱えているところに漱石が輪をかけるように鏡子を軽んじ、馬鹿にするシーンが度々出てきます。
また、鏡子はかつて漱石が好きだったと言われる女性に対し激しい妄想をし、自分がいかに劣っているかと卑下し、漱石が理想とする女性と自分があまりにかけ離れているのではないかと、一人思い悩み苦しみます。
漱石と鏡子の結婚生活には様々なことが起こります。鏡子は流産の後、精神が不安定になり入水した事件。ロンドン留学中の鬱屈から漱石が塞ぎこむようになったこと。先生を辞め、小説家に転ずる漱石。妻子に暴力を振るうようなる漱石。
漱石の精神状態はどんどん悪くなり、暴力が激しくなると、鏡子は子供たちを連れて実家に戻ります。こんな酷い状況なので離婚を考えると思いきや、「夫は病気なのだ」と逆に腹をくくり立ち向かっていくのです。
鏡子の心のうちは「家庭の温かさを知らずに育った漱石にどうにか家庭のぬくもりを感じて欲しい」という気持ちが常にあり「もし自分と別れて他の女性と一緒になったとしても同じことを繰り返すだろう」と思っているのです。
暴力をふるわれたり、馬鹿にされたりしても、離婚もせずこんな風に考えられる鏡子がどうして悪妻と言われるのでしょう。むしろ、漱石の方が酷いと思うのですが。
そんな夫婦の生活にも波があり、穏やかな日々があったことも確かです。そして、二人の間に2男5女の7人の子供ができました。
この小説全域にわたり、常に鏡子のお腹の中には子供が居るといった印象が残ります。全体的に二人の様子は常にかみ合わず、ギッタンバッコンと上がったり下がったりを繰り返しますが、最終的に思うことは「やはり夫婦のことは夫婦にしか解らない」と言うことです。
その証拠に修善寺で倒れた漱石。意識が朦朧とした中「妻は?」と言うシーンがあります。
「決して穏やかな夫婦関係とは云いがたかったが、怒涛の底に、二人しか聴き取れない調べが流れていたのだ」と筆者もあとがきで言っていますが、まさに「夫婦にしか解らない」奥深い一言であるように思えました。
門下生への面倒見もよく、たくさんの人に慕われた漱石。その裏には鏡子にしか解り得ないもう一つの顔があり、その難しい部分をしっかり支えて来た人こそが鏡子であったのでしょう。
この夫婦、一見ちぐはぐなように見えますが、憎まれ口をきこうが、相思相愛だったような気さえしてきました。
鏡子は常に漱石に近づこうとし、漱石は気のないふりをしても、鏡子が居ないとやはり心もとない。なんだかんだ外野に言われても、それを撥ね退ける固い絆で結ばれていたのかも…なんて、気分で読み終えました。
まぁ、こんな旦那さんに耐えられる奥さんは現代では滅多に居ないと思いますがね(笑)





