痴人の愛:谷崎潤一郎著のレビューです。
感想・あらすじ 「賢者の愛」、「痴人の愛」を読み比べてみた
ほかに読む予定だった本の山に割り込んで来た谷崎作品。それもこれも山田詠美氏の「賢者の愛」を読んだら、どうしてもこちらも読まずにはいられない状況になってしまった。「賢者の愛」を読み終わって早々に図書館に飛んだくらいだから山田さんの作品から、ものすごい「圧」が私にかかったのだと今になって思う。
「痴人の愛」、もうタイトルからして、どうにも哀しい性のようなものを感じ取ってしまうわけだが、内容は想像以上の滑稽さが贅沢なほど盛り込まれていて、ノンストップで読みたくなる面白さを秘めているから嫌になってしまう。
主人公河合譲治、28歳。サラリーマンをしている普通の男性が、カフェの女給、ナオミ・15歳と出合い、どんどん彼女のペースに飲み込まれ、自分を失っていくという単純なストーリーなのだが、その飲み込まれ方たるや、もうどうにかしてあげてーって叫びたくなるほど。
ナオミという女は美少女で日本人離れをしたスタイルを持つ。そんな彼女虜になってしまった譲治は「友達のように暮らそう」という誘い文句で彼女を自分の元で養育し、自分の理想とするレディに・・・という熟年男性のような夢を抱き、やがて彼女を妻にするのだが・・・・。
これが大変なの。本当に大変なのですよ。我儘でお金遣いは荒いし、感情の起伏が激しい。それに15歳だった少女はどんどん美しさを増し、ダンスを習い、周りにはいつも取り巻きの男性たちが群がるようになる。そんな男性たちといつしかナオミはやりたい放題の生活。
で、ついにナオミの浮気が発覚し、譲治も勢いで「出ていけー」となるのですが、彼女が居なくなってしまうと、余計に彼女のことが恋しくなり、後悔しまくる譲治。
そこをうまく読み取っているのか、「荷物を取りに来た」という口実で彼女は毎日のように譲治の家に帰って来ては、誘惑するような態度を示し、彼を翻弄させる。その悪女っぷりというか、女王様っぷりというか・・・・。
やがて譲治は仕事を辞め、遺産に手をつけてしまう。そのお金もまたナオミが浪費してゆくというものすごい崩壊っぷりが見事に描かれているのだ。
もう後半は譲治がナオミに飼いならされた犬のような状態になってしまい、思わずポカンと口を開けたまま、私までもが「痴人」のようになってしまった。
で、目的であった山田詠美氏の「賢者の愛」との比較ですが、
賢者の愛 ──
女が年上。彼女は直巳に溺れることなく、自分の思い通りの男性に育てあげる。二人の話にとどまらず、その周りの人々との人間模様をグイグイ掘り下げてゆく。
心理的に迫って来る描写にゾクゾク感が満載。
痴人の愛 ──
男が年上。彼はナオミに溺れまくり、自分の理想とはほど遠い女性に育ってしまう。話自体はナオミと譲治、ふたりの関係性を描いたもの。文字から状況が鮮明に見えてくるような描写に苦笑。
と言った大まかな違いがあるものの、どちらの小説も傍観者的に読むには面白く、「強烈さ」においても大差ない。変な人々に思わず苦笑してしまうシーンが多かったのは間違いなく「痴人」の方でした。
どちらが幸福な人生なのか?
一見、「賢者」の主人公の方が勝ち組のように聞こえるかもしれないけれど、いや、なんというか痴人は痴人でこれまた幸せそうなのである。
「ハイ、ハイ、ドウドウ」
ナオミを背中に乗せて這いまわる譲治の姿。誰になんと言われようと、これが彼の至福の時なのだろう。自分が崩壊したって、今日も明日も、
「ハイ、ハイ、ドウドウ」
これが「痴人の愛」なんだな~きっと(笑)
というわけで、突然飛び込んできた谷崎作品。こういう機会に読めて良かった。そして、これを読むことによってようやく山田作品の方も読み終えた実感が湧いたことも記しておこう。
※挿絵がポツリポツリと入っていてなかなか良かったです。
出版社いろいろ、どれ読む?
私は中央公論新社のものを読みましたが、各社表情の違う装丁画で出版していますね。新潮社のは谷崎文学でお馴染みの赤い表紙!角川のは現代っぽいイラストで手に取りやすいかも!?
中央公論新社
こちらのページ数は359ページでした。
新潮社
角川文庫