ファーストクラッシュ : 山田詠美著のレビューです。
初恋は甘酸っぱいものばかりではなく、クラッシュもする
ずっと読み続けている山田詠美さんの小説。初期は恋愛やジェンダーといった部分を中心にした作品が多かった。当時はそういう設定を書く小説家もあまりいなかったので、エイミーさんにはいろんな世界を見せてもらっていました。
そして、山田さんご自身の生活環境も変わってからは、またまた魅力ある作品を生み出している。今回の「ファーストクラッシュ」、タイトルは初期の作品の中にありそうな雰囲気だったので、またジェンダー的な恋愛ものかな~と思ったのですが、違った意味で予想を裏切られました。
個人的にはとっても「谷崎」を感じるような作品であったなぁと。まったく内容は違うのですが、谷崎が描く、人を好きになってどんどんその人物が崩壊していくようなちょっとした怖さと滑稽さ、純愛であればあるほどその壊れ具合が激しい人間の哀しみ。そんな空気感がこの作品にはありました。
好きだから、気になるからこその中に潜むちょっとした歪みや邪悪さが漂っている谷崎潤一郎の「少年」という作品が、何度頭の中をよぎったことか。...と、かなり個人的な想いを含んだ感想ではあるのですが、どちらも大ファンなので、なにか繋がりが潜んでいそうな感じに喜びがあったりします。
話は50代になった高見澤家の次女・咲也が、初恋を振り返るという語りから始まる。裕福な家庭で育った咲也は三姉妹。そこに父親と愛人との間に生まれたリキが、母親が亡くなったことによりこの家に引き取られることになった。
姉妹、そして母親までもがこのリキという少年の虜になってゆく。各々が特別な感情を持ちながらリキに接近したり、観察していたりするのだが、その様子がみな個性的。というのも、長女はお嬢様、次女は読書家でちょっとひねくれ者、三女は天真爛漫と、三人とも全く違うタイプの気質を持つものだから、リキへのアプローチの仕方もバラバラ。そこに浮世離れした母親と来る。
そんな母親や姉妹たちを飄々とやり過ごしていく少年リキ。いじめられていても、ゆらゆら水の中を泳ぐ魚のような余裕すらも感じさせられるものがある。少年のようで大人のような落ち着きを持つ彼の魔性性。それぞれの視点から描かれるリキの姿に惹き込まれながら、物語は濃厚さを増していきます。
「初恋、それは身も心も砕くもの。」
初恋は甘酸っぱいものばかりではないですね。クラッシュという感じは、なんとなく理解できます。
それと本書には、島崎藤村・中原中也・寺山修司の詩が作中に織り込まれています。お好きな方は、物語と合わせて楽しめるんじゃないかな。
とにもかくにも、またモリモリと栄養をつけて、パワーupしている山田詠美氏の作品。次回はどんな顔を見せてきれるでしょうか?楽しみです。