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半分のぼった黄色い太陽:チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ

半分のぼった黄色い太陽:チママンダ・ンゴズィ・アディーチェ著のレビューです。

 

半分のぼった黄色い太陽

半分のぼった黄色い太陽

 

 

◆わずかな人々のはなしにすぎないのに、見えてくる景色は広大であった。

 

 

遠い国、ナイジェリア。
行ったこともなければ、地図の位置さえあやふやだ。
職場で2年ほど一緒に過ごしたナイジェリアの紳士がわたしにとって唯一の「ナイジェリア」であった。そして今はアディーチェ の本がナイジェリアとわたしのパイプになってくれているように思える。

アディーチェ の本を開くとアフリカ大地の乾いた空気、人々の熱い鼓動や土の匂いを感じる。

それはあくまでも彼女の文を読んでわたしが作り上げた想像上の風景に過ぎないのだけれども、読んでいるときは確実にその空気を感じている自分がいる。

「半分のぼった黄色い太陽」は2段組み、500ページ越えの長編小説。
しかもナイジェリアのビアフラ戦争の深刻さを描いた濃厚な内容ときている。読み終えてしばらく感想など書ける状態ではないほどヒリヒリしたものが心のなかを占めていた。

読後1週間。ようやく重い腰を上げて書くことにしてみた。あえて時間を空けることによって鮮明に見えて来たものは、戦争のシーンよりも彼らの日常シーンやズキズキするような人々の感情だった。

どんな劣悪な状況下で生まれた子供も日々成長し、教育の足らなかった者は学ぶことを覚え、人に教える喜びを知る。男と女は愛し合ったかと思えば、裏切りもある。
憎しみや嫉妬がどこまでもくすぶり続ける。すぐそこに居た人が、目の前で命を奪われる。防空壕を行ったり来たりしながらも日常は続く。

こんな状況はなかなか想像できないが、人々は生きていくために日常をこなしていく。当たり前のことなんだけれども、そんな当たり前のことが何故かとても現実的なシーンとして際立ち、心に留まっている。

残酷なシーンもたくさんあった。ドロッとした人間模様も目にした。本当はとても深刻なテーマがたくさん詰まっている内容だったのにもかかわらず、アディーチェの描く世界はどこかカラッとした風が吹いているように思えるのがとても不思議に感じる。

双子の姉妹オランナとカイネネ、各々のパートナー、ハウスボーイのウグウ、語り部を変えながら進行する話。

わずかな人々の目を通して語られているにすぎないのだけれども、見えてくる景色は広大であった。それだけこの国の抱えている問題の根深さを感じずにはいられません。

職場のナイジェリア人とは当時色々な話をしたつもりだったけれども、彼の国がこんなにも激しい民族間の争いがあったとは正直夢にも思わなかった。もっと早くこの小説を読んでいたらいろんな話が出来たのになぁ...。大きな体を小さくしてはにかんだ笑顔が今となっては懐かしい。

 

 

 

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