海岸通り:坂崎かおる著のレビューです。
☞読書ポイント
感想・あらすじ
芥川賞候補作で知った一冊です。タイトルや表紙からマイルドな作品を想像しましたが、設定は結構リアルだったなぁと感じました。
舞台は海辺の老人ホーム「雲母園」。そこで派遣の清掃員として働く久住。ウガンダから来た同僚マリア。
老人ホームでの仕事なので結構バタバタした日常を描いたものになるだろうと想像していましたが、わりとのんびりしている雰囲気。ちょっと浮世離れした空気が漂っていたのは、バスの来ないバス停があったからだろうか。わたしの中で、このバス停がなにかとても気になる存在としてずっと横たわっていた。
このニセモノのバス停、なるほどな~という存在意味がちゃんとあるのですが、物語の最初に登場したことで雰囲気作りに一役買っているように感じました。
とは言え、登場人物からも分かるように、リアル社会も実際そうなのだろうと思わせることも多い。外国人がこうした介護の現場に入って来ていることもその一つ。高齢者と外国人労働者、そして外国人と一緒に働く人々との隔たりが全くないとは言えないだろう。外国人に介護されることに対し入居者の差別的な発言など、現場で起こりそうな出来ごとがつぶさに描かれている。
ある日、久住はマリアの誘いで外国人のコミュニティーに参加することになった。最初は気が乗らなかったものの何度か訪れるうちに、孤独だった久住が徐々に馴染んでいく変化も見どころが多い。
「不正」という事件も。こちらは意外な展開を見せる。大きなことは起きないと思っていただけにちょっとびっくりです。だからと言って物語が大きく乱れるでもなく、なにか彼女たちの近くにある海がすべてを包み込んでしまっていくような....自分の勝手なイメージなんですけどね。映画のラストシーンが目に浮かぶような感覚です。ちょっと切なかったり、寂しかったり、ひと夏が終わる感覚に近いものが残りました。
著者の坂崎さん。たまにクスリと笑える「毒」を吐く。一瞬、あれ?そういうこと言いそうもないのに?って思うんだけど、ボソッと捨て台詞。その意外性も面白い。また、ウガンダの言葉もちょっとした笑いを誘う音感の言葉が多く楽しいです。
ということで、芥川賞候補ってことですが、意外にもクセのない作品でした。サラッと読めます。あのバス停からバスに乗って海が見たくなる.....そんな小説でもありました。
坂崎かおるプロフィール
1984年、東京都生まれ。2020年、「リモート」で第1回かぐやSFコンテスト審査員特別賞を受賞後、多くの文学賞やコンテストで受賞・入賞を果たす。