グリフィスの傷:千早茜著のレビューです。
☞読書ポイント
感想・あらすじ
まずはこの本自体の作りが美しい。なんとなく高級なチョコレートの箱のようなイメージが湧く色味。読む前から「わーー」ってなるのと同時に、千早さんがいつも召し上がっている綺麗な包装をまとったお菓子の数々が頭の中に巡った。....という意味でも、今回は千早さんの美意識と世界観がすごく出ていたんじゃないかな~って感じました。
なんだか食べることと読むことってちょっと似ているのかな。見た目が美しいと、読む気力も倍増するというか(笑)とっておきのお菓子の箱を開けるようなワクワクした気分で本を開きました。
10話の短編集です。タイトルに「傷」がありますが、どの話もいろんな「傷」についての話です。リアルな痛々しい傷を負う話から、見えない心の傷など、様々な形での傷が登場する。どれももこれも痛い。痛い話だけど、10話の中で必ず自分の好みの作品がみつかるんじゃないかと思う。短い話のなかにギュッと濃縮されたちょっと切なかったり、泣きたくなるような話が詰まっています。
ものすごく痛かったのは「指の記憶」。これは本当に痛そうで痛そうで、しかめっ面で読んでいました。バイト先で大きな電動の糸鋸みたいなやつで指を切断されてしまったという男性の話。この時素早く動いてくれた工場の社員の千田おかげで、今は指の後遺症もないほど回復。しかし、彼はいわゆる恩人でもある千田に対して複雑な感情を持っている。
面倒見がいいって言えばそうなんだけど、相手にとってはちょっとおせっかいでウザったいなって感じる人っていますよね。若い彼にとって親みたいに振舞う千田の存在がちょっと面倒であった。そんな微妙な関係のまま、バイトを辞めても細々と付き合いは続いたが.....。
この話、思わぬ形で幕を閉じるのですが、その余韻が何とも言えない。寂しいような、切ないような、あんなに鬱陶しく感じた存在だったのに。
千早さんの作品でたくさんの登場人物に会ったけど、こういう中高年のいわゆるおっさんの話が個人的には刺さる。なんでだろう~。本作の「慈雨」に登場するお父さんもそうだな。
このお父さんは「指の記憶」の千田と違って、逆にすごく淡泊で口数が少ない。娘が自分のことに関心がないと思っていたくらい。しかし本当は、父が娘に対して長い間抱えていたことがあったのです。ラストの方での親子の会話、もうなんか泣けちゃって。いい話でした。千早さん、中高年のおじさまの哀愁や影を書くのが上手い。な~んか後を引いちゃうんだよな、この人たち。
最後に表題作である「グリフィスの傷」。内容は割愛しますが、グリフィスの傷の意味が書かれている一文を抜粋しました。
なんか包み込んでくれるような言葉ですね。ガラスの傷のことを知っているからこそ言える言葉。相手を責めるのではなく、こんな風に物事を捉えられる大人っていいなって思いました。これはガラスだけではなく、人の心のなかにあるグリフィスの傷に対しても言えること。サラッとこんな風に言える大人でいたいものです。
ということで、濃厚な短編集でした。余談ですが、相変わらず千早さんの、擬態、擬音語は個性的。ニュアンスや雰囲気が凄く伝わって来るので、それらの言葉に遭遇するとついついニヤニヤしてしまいます。
千早茜プロフィール
1979年生まれ。2008年『魚神』で第21回小説すばる新人賞を受賞し、作家デビュー。同作は2009年に第37回泉鏡花文学賞も受賞した。2013年『あとかた』で第20回島清恋愛文学賞を、2021年『透明な夜の香り』で第6回渡辺淳一文学賞を、2023年『しろがねの葉』で第168回直木賞を受賞した。他の小説作品に『男ともだち』『西洋菓子店プティ・フール』『クローゼット』『神様の暇つぶし』『さんかく』『ひきなみ』やクリープハイプの尾崎世界観との共著『犬も食わない』等。食にまつわるエッセイも好評で「わるい食べもの」シリーズ、新井見枝香との共著『胃が合うふたり』がある。(新潮社・著者プロフィールより)
合わせておすすめ
千早さんのエッセイと言えばこのシリーズ。微妙にタイトルを変えながら続いています。