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【感想・あらすじ・レビュー】穏やかなゴースト 画家・中園孔二を追って:村岡俊也

 

 

穏やかなゴースト 画家・中園孔二を追って:村岡俊也著のレビューです。

☞読書ポイント 

中園氏を知ることは、彼の作品を知る手掛かりにもなる。読めば読むほど彼の魅力に憑りつかれてしまう気さえする。周りの人々の彼に対する眼差しや、深い思いにも注目。美術関係の本とこだわらずに読んで欲しい。早くも今年1番の本に出合ったと思える一冊。

 

穏やかなゴースト 画家・中園孔二を追って

穏やかなゴースト 画家・中園孔二を追って

 

アートの世界の本はメジャーなものとか、話題になった時、もしくは原田マハさんの小説で読むというまったくミーハー路線の読書しかしてきませんでしたが、今回、新潮社の中瀬ゆかりさんが紹介された本作を読んでみることに。

 

中園孔二氏は画家人生8年で600点の作品を残し25歳で急逝。残されたものは作品だけでなく150冊のノートも。芸大では「中園シンドローム」が起こったほど、影響力の強い人だった。そんな話をラジオで聞き、一体どんな作品を創作していたのか気になって読むことにした。正直、知らない若い画家について読むことは自分の中でかなりの冒険であった。

 

結論から言えば、本当に読んで良かったと。数日かけて読みましたが、本を閉じるごとにものすごい余韻が毎回残る。そして、中園さんにどんどん興味を覚える。変な言い方かもしれないけど、これって恋愛で人を好きになる時と似ている。最初はなんとも思わなかったのに気づいたら気になって、一挙手一投足に注目して、そして彼の言動にキュンキュンさせられて。うわっ、自分で書いていて気持ちわるいですが(笑)うん、でもまぁ、そんな気持ちにさせられる人なんだなぁと。

 

あれ?絵に対しての感想は?ってなるわけですが、絵は中園さんそのもの。だから彼を知ることは彼の絵を知ることと同列で、中園さん自体がその作品の中に蠢いている。だから、この本は作品を知る上で、大変貴重な一冊とも言えます。

 

 

 

 

さて、中園孔二とは何者なのか。

中園孔二は1989年神奈川生まれ、15年に逝去。約500点の作品を残した。2012年東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻卒業。クレヨンや油絵具などを使い分けるほか、指で描く、あるいはチューブから直接キャンバスに絵具をつけるなど複数のレイヤーで画面を構成し、様々な表情を見せる絵画作品を制作した。12年に「アートアワードトーキョー丸の内2012」に選出され、小山登美夫賞、オーディエンス賞受賞。13年に小山登美夫ギャラリー、14年に8/ ART GALLERY/ Tomio Koyama Galleryにて個展を開催。(美術手帖HPより一部抜粋)

 

ということで、私が知らなかっただけで、短期間でたくさんの個展もされていたそうですし、たくさんの賞も受賞されていたという。そして、25歳にして消えてしまった(亡くなった)画家だったのです。

 

とにかく存在そのものが魅力の塊。本書は中園氏を知るたくさんの人々が彼との思い出話を語っている。学生時代の友達、恋人、先生、家族、親戚、アルバイト先の人等、各人が彼のことを語るのですが、その考察も素晴らしいというか、なんだろう、それだけ中園氏がいろんな面を持っていて、魅せられる人物だったということが窺える。それぞれが、彼と過ごした時間の思い出が、宝物のようなものになっているんだなぁと、何か聞いてしまうのが申し訳ないほど温めておきたい話ばかりなんです。

 

いろんなエピソードはまるで古い8ミリビデオを観ているような感覚にさせられる。深夜に部屋を抜け出し、何時間も歩き回ったり、海とか、山とか、森とか、傍若無人に動き回る。みんなといていつの間にかいなくなったと思ったら、「あ、寝てた」って、公園で寝ていたり、人々をハラハラさせることもしばしば。夜中のマクドナルドで語らったり、海外で美術に触れたりと、青春群像の世界にもどんどん惹きこまれます。

 

そうかと思えば、作品を制作しているときは、絶対人に見られたくないという徹底ぶり「ツルの恩返し」的な光景だったそう。

 

友人知人は年齢も性別も関係なくお付き合いは多い。寿司屋のアルバイトで、そこの主人が後継ぎにしたいほどだったというくらい仕事の飲み込みもはやく真面目だったそう。このバイト先でのエピソードも良かったなぁ。そのほか、ネズミの話なんかは胸をキュンとさせられるものがあり、あ~こういうところが、彼の魅力を一層深める部分なんだなぁと。実際、彼と関わりのあった人々はそれを近くで見ていたわけだからね。特に恋人であった五十里さんの言葉が印象的。

 

中園氏は彼女に別れ話を切り出したき、「いつか、これで良かったと思う時が来るから。今はわからなくても、必ずそういう時が来る」と言い、E・フランクルの「夜と霧」を彼女に渡したそう。

 

家族関係はちょっと触れてはいけないようなものを感じました。確執があったのかなかったのか。父からもらった靴だの服など嬉しそうに身につけていたわりに、親子関係にはなにか見えない溝のようなものも。

 

 

 

 

まるで私も中園氏の目撃者のような気分でこの感想を書いているのが不思議。映写機から映し出されるシーンのひとつひとつ思い出しながら書いているような気がして。そんな風に感じたのも、筆者のノンフィクション・ライター村岡氏の存在が大きい。最後の最後まで読ませる内容、そしてご家族への配慮など素晴らしい一冊でした。

 

芸術家が作品を生み出すことって凡人には想像がつかない苦労があると思っていたけど、ふと自分も学生時代は「書道」という形で、日々書き続けていた時間があったことを思い出した。やっぱり自分も書いているところは家族に見られたくなかったし、家族が寝静まった深夜に和室にこもって書いてた。で、終わると翌日はバイクに乗ってあちこち動き回っていたわけだけど、あれは静の世界と動の世界、なにか見えない心のバランスを自分なりにとっていたのかも...なんてことを今さらながら思う。中園氏はその熱量が高い分、心身ともにそのバランスを取るのがかなりハードだったんだろうなぁと。

 

今回初めて観た作品なのに初めてじゃない気がしてたのですが、なんと、村田沙耶香さんの「変半身」の装丁に使われていた。不思議でちょっと怖い印象の絵だなぁと当時は感じました。

変半身(かわりみ) (単行本)

 

とにかく、読んで良かった。望んでも、もう生の中園氏は見ることが出来ないのだけど、「ちょっと泳ぎに行ってくる」って海に出かけ、ひょっこりまた帰ってきそうな感じすらする。「あ、寝てた」って言いながら。

 

村岡俊也プロフィール

1978年生まれ。鎌倉市出身、同市在住。ノンフィクション・ライター。東京藝大卒業作品展で中園晃二の絵画を観て「今年は天才がいるよ」と感想を漏らした藝大教授を通してその存在を知り、中園の通った美大受験予備校の講師とは旧知の仲だった。著書にアイヌの木彫り熊職人を取材した『熊を彫る人』のほか、『酵母パン宗像堂』(ともに写真家と共著、小学館)、『新橋パラダイス 駅前名物ビル残日録』(文藝春秋)がある。(新潮社・著者プロフィールより)

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