翡翠色の海へうたう:深沢潮著のレビューです。
☞読書ポイント
あの時、一体なにが起きていたのか?
読む前と後では、表紙の海を眺める気持ちも大きく変わる。そしてタイトルも。「翡翠色の海へうたう」って、ちょっと漠然とした感じで、ロマンチックな感じもする。しかし、読んだ後はこのタイトルの意味を深く考え、あの時確かに居た彼女たちと海の風景から、なにか祈らずにはいられない気持ちになった。
深沢潮さんと言えば日本と韓国の関係性や在日コリアンについて、これまで私たちが見ようとしてもなかなか見られない部分を丁寧に取り上げ、小説にされている作家さんだ。そんな深沢さん、今回はさらに踏み込んだ小説ともいえる。テーマは「慰安婦」だ。繊細な話ゆえ、書くことに相当、勇気と覚悟があったに違いない。
主人公は作家を目指す契約社員の女性。そしてもうひとり、戦争中に韓国から沖縄に連れて来られた女性が登場する。物語はこの二人の話が交互に綴られ、今と戦時中を行ったり来たりする。
全体を通して本当に過酷で悲惨な状況が描かれている。残酷なシーンが幾重にもやって来ては何とも言えない気持ちが押し寄せる。狂っている、狂っている。地獄だ。何か救いがあって欲しいと願いながらページをめくる。
海、彼女たちが歌う故郷の唄。そして、何もかも解った上で助けてくれる人々。悲惨な状況の中でもわずかな望みと人間のぬくもりを感じさせられる場面もあり、私たち読者も少しだけ救われる時間もあった。けれども、優しい人々もずっと一緒にいられるわけもなく....。
本書は慰安婦の話と、もうひとつ大切なテーマが含まれている。それは「書く」ことについてだ。主人公の女性は文学賞に応募するため、慰安婦をテーマとするものを書こうと決心するのだけれども、テーマがテーマなだけに周りからの反対もあり、なかなか気持ちが定まらない。「当事者でないと書いてはいけないのだろうか?」ということが常に頭の中を巡る。
そんなわけで取材しながらも、何度も迷いを感じている様子が窺える。最終的には相談相手であった編集者に「今の河合さんに本当に描き切ることができるものなのでしょうか?」と忠告を受ける。
資料の読み込み、一文一文の精度の高さが求められるテーマだと編集者は言う。そこを超えられるだけの覚悟が彼女にあるのか?これは、どこか深沢さんの執筆活動と重なる部分があったのではないだろうか。そんなことを感じながら読み終えたわけだが、巻末4ページに渡る参考文献の数を見て「ああ、やはり」と、鳥肌が立つ思いがした。深沢さんもまた、主人公の女性と同じかなりの覚悟をもってこの作品に挑んだのだろう。
ということで、とても厳しく悲しい内容の小説ではあるけれど、「慰安婦」という目を背けたくなる問題にわずかな時間でも真正面から向き合えた。そういう意味でもとても深い読書時間になりました。
「自分は何者なのか?」。ラストシーンから聞こえて来る声は、自分の存在を確かめるかのよう。あの時と変わらない海とアリランの唄が大きな余韻を残す。
【つなぐ本】本は本をつれて来る
600文字の文字から見える敗戦後の女性たちの姿はこちら。