しずかな日々:椰月美智子著のレビューです。
☞読書ポイント
とても愛おしい、抱きしめたくなるような小説
子供時代の夏休みを綴った小説はたくさんあって、その都度、懐かしい気持ちが蘇ってくる。「しずかな日々」もそういった意味では同じ。けれども、それだけではないものがこの物語には本当にたくさん詰まってる。主人公が過ごした子供時代のごくごく普通でなんともない日々が、何故にこんなに狂おしいくらい愛おしいのだろう....と。
小学校5年生。母子家庭で育つ内気な少年・光輝。友達と呼べる同級生がやっと出来た嬉しさがページいっぱいに広がって来た矢先、母親の仕事関係で引っ越さなければならなくなった。どうしても転校したくない少年は、誰にもこのことを言い出せずにいた。
しかし、理解ある先生の助けを借り、彼は母親の父、つまり少年の祖父の家で暮らすことになった。あまり面識のない祖父との生活に不安はあったものの、やがて、その生活がとても輝かしい日々になっていく。
といっても、この時期に体験した数々の思い出は、彼が大人になってから振り返ることによって、その輝きが一層増すということに気づかされるわけだが、わたしはこの振り返りの後半部分で、切ないような、戻れないような、いろんな想いが巡ってしまい、不覚にも泣いてしまった。
少年が過ごしたおじいちゃんの家での思い出の数々が鮮明に浮かび上がり、本当に胸がいっぱいになってしまった。
おじいちゃんの作った漬物、おにぎり、野球、プール、気になる工場への冒険、縁側、会ったことのないおばあちゃんの仏壇、雨戸を開ける音、スイカ、グッピー、ラジオ体操........。
いろんな断片にたくさんのエピソードがある。今振り返ると、なんだかそれが自分の思い出みたいにも思え、はっきりと思い出せるほど。
とはいえ、この小説は単純に少年時代のひと夏の物語に留まらない。ちらちらと現れる離れて暮らす母親の行動に不穏な空気が漂う。子供ながらにそれを感じ取る少年の揺れ動く気持ちが常に付きまとう。
この母親のその後は想像通り。多くは書かれていなかったが、最後まで暗い影が落とす存在だ。とは言え、そのことについて彼は母親を責めることもなく、淡々と語るものだから余計に切ないものを感じずにはいられない。
それよりも、あのとき、内気でさえない少年が勇気を振り絞って転校を拒み、祖父との生活を自ら選んだこと、一生涯忘れられない友達と過ごした日々こそが、その後の彼にどれだけ大切なものになったことか。語らずもその答えは明確なものとなって読者に伝わってくる。
正直、椰月美智子さんはエッセイで合わないと感じてから読むことを止めた。しかし、書評サイトで信用できるレビュアーさんたちの高評価に負け手に取った。自分だけではこの作品をスルーだったわけだけど、サイトのおかげでこうして良い作品を読むことが出来ました。ありがたいことです。
幸せな読書時間だったなぁ。
そしていまは、本の中のひとこまひとこまが愛おしくてならない。
【つなぐ本】本は本をつれて来る
毎日海で過ごす夏休み。潜ったり、かけったり、新しい遊びを発見したり、時に近所のおじさんが大怪我をして運ばれたり。こんな夏休みを過ごしている子どもたちがまだまだたくさんいると良いな~~。「夏と言えばこの本!」と言える一冊。