「死ぬまでに行きたい海」岸本佐知子のレビューです。
☞読書ポイント
【感想】~あれれ?あれれ?いつの間に...~
期待を裏切らない岸本さんのエッセイです。「とにかくなんでもいいから、岸本さんのエッセイを定期的に読ませてくれぇ~~~」と、思っているので、新刊情報を目にすると「わーい、わーい」と小躍り。今回はちょっと出遅れましたが、とにかく読めて良かったです。
タイトルから想像するに「行きたい海」を集めて妄想エッセイを書き綴ったのかと思っていたら、岸本さんの思い出のある場所を記憶とともに訪ね歩くという内容でした。なので、いつものようにちょっとシュールなものとはひと味違うエッセイで、最初のうちはなにかモノクロの写真の中の物語を読んでいる感じで、胸をキュンキュンさせていた。
しかし....しかし....。
やはりと言うか、一つの話がラストに近づいていくと途端に「えっ?えっ?」となる。「今まで普通に話していたのに、なに、この結末は!」と、まんまと岸本さんの深い穴に突き落とされるのである。それは後半にいくほどエスカレートしていくというか。とにかくこの方、やはりスゴイものを持っている(笑)それさえなければ、当時の様子が頭に浮かぶようなノスタルジックで惹き込まれる話なのですが。
自分が昔いた場所、育った場所、行った場所が今どうなっているか?確かに気になるものだ。そこへ出向いて行くことによって、すでに曖昧になっているぼんやりした記憶が少しは明確になったりしそうな気もする。
その曖昧な部分をうまく描くのが岸本さん。今と昔の曖昧な部分をスルスルと渡り歩き、それが交わった時になにか訳のわからない世界へと誘って行くみたいな。ずっと読んでいくとこれが癖になるというか、戸惑いながらも「やってくれるわ」って苦笑する。
そんな中でもすごく刺さる言葉もいっぱい登場する。
この世に生きたすべての人の、言語化も記録もされない、本人すら忘れてしまっているような些細な記憶。そういうものが、その人の退場とともに失われてしまうということが、私には苦しくて仕方がない。どこかの誰かがさっき食べたフライドポテトが美味しかったことも、道端で見た花をきれいだと思ったことも、ぜんぶ宇宙のどこかに保存されていてほしい。
こういうなんと言うのか、胸をギュッと締め付けるような一節がポンっと現れる。これが岸本さんのエッセイの魅力のひとつ。そして写真も控えめに添えられている。従妹さんたちと撮った夏の写真は思い出の文章と相まって、夏の輝きがまぶしくらい美しい1枚でした。
そうそう、わたしも「海芝浦」は、死ぬまでに1度は行きたい!とずっと思っていました。この地名が登場し、思わず身を乗り出す。行く人が限られた駅だけに、なにかちょっとミステリアスな場所って気がしていましたが、本を読んでますますミステリアス感が増した気がします。これも岸本マジックなんだろうか。
「鬼がつくほど出不精」と言う岸本さん。この本をきっかけにどんどん出かけて、新たな発見をしながら岸本ワールドをわたしたちに運んで欲しいなぁ。いつもやられっぱなしですが、今度こそ驚ない!戸惑わない!って宣言しておきます。読書なのになぜか対戦モード(笑)
【つなぐ本】本は本をつれて来る