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うずまきぐ~るぐる 

*** 新しい本との出合いがきっとある★書評ブログ ****

【レビュー】父のビスコ:平松洋子

 

 

父のビスコ:平松洋子著のレビューです。

 

平松さんとお父さん、そして倉敷

 

平松さんのエッセイ、本当に久しぶりです。湯気の中から美味しいものが目の前に並んでいくような気分にさせてもらえる平松さんの食のエッセイが大好きで、お腹がすくと平松さんの本を…と言っても過言ではないくらい平松さんのエッセイは美味しい。そして、たまにパンチのきいた言葉にノックアウトする。

 

今回はそんな平松さんのエッセイとは少し違う雰囲気。エッセイはエッセイなのだが、タイトルからも解るようにお父様のことがメイン。残念なことにお父様はすでにお亡くなりになってしまったのだけど、その最後の時間をどう過ごされたのか等、これまでの思い出を交え綴られる。

 

平松さんと言えば「西荻窪」というイメージだったのですが、ご出身は岡山県の倉敷。...ということを今回初めて知った。これまで倉敷のことを書いたエッセイもあったのかもしれませんが、やはりどちらかと言うと「東京の人」って印象が強い。

 

生まれ育った倉敷についてぽつりぽつりと断片的にしか書いてこなかったが、遅まきながらようやく私なりに遠い時間のなかに分け入り、ひと続きの流れを漕いでみたい心持ちになれたのは、倉敷という土地の諸相や係累が自分という人間を形成している動かしようのない事実に向き合わなければならないと、正直に告白すれば、自分で自分に追い込まれたからだ。

 

なんとなく理解が出来ます。自分が年を取るにつれ、やたら親の若かった日のことを知りたくなったり、冠婚葬祭でしか顔を合わせない親戚が一体誰なのか?など、若い時にはそれほど知りたいと思わなかったことが知りたくなる、いや、知っておきたいと思うようになる。今聞いておかないと一生知らないままになってしまうかも?なんてことも思うようになった。いわば自分のルーツと向き合いたくなるのは親の死と向き合う中での自然な流れなのかもしれない。

 

 

 

本書では平松さんの実家界隈の様子や、祖父や祖母の話などもたっぷり綴られている。もちろんその中には岡山県の郷土料理をはじめ、食の話もたくさん出てくる。また、冬の鉄棒の話とかミノムシの話とか、お風呂のみかんの話とか、幼少期の話がとても楽しく、自分にもこんな経験があったなぁーと懐かしい思いに浸れました。

 

特に「冬の鉄棒」のエッセイは秀逸。注文した「芹そば」が来るまでのわずかな時間に思い出された冬の鉄棒の冷たさや、お父さんの作った鉄棒、逆上がりの練習、そして、逆上がりが出来るようになった日の感動、全てが映画のひとこまを観ているよう。情景が鮮明に浮かび上がって来て、文章を読んでいる感じがまるでしなかった。

 

そして一番最後に「父のビスコ」が登場。お父様のお人柄がじんわり伝わってくるエッセイに目頭が熱くなる。亡きお父様に捧げる一冊となった「父のビスコ」。様々な過去の断片を拾いながら言葉にしていく内容でした。

 

もう少し時間が経ったら、さらに熟成した郷里にまつわるあれこれが文字となってやってくるのではと感じる「あとがき」。またいつか、倉敷での日々のエッセイを書いて欲しいなぁ。