犯罪小説集 : 吉田修一著のレビューです。
「どこかで聞いたような」━そんな事件の数々が登場する犯罪小説
文字だけの真っ黒な装丁。しかもドーンと目を引く「犯罪」という文字。「犯罪」なんて物々しい言葉なのに、装丁からは淡々とした静かな雰囲気が漂って来る。なんだろう?この緊張感。様々な犯罪を知ってしまう怖さなのだろうか?本の前で身構える自分がいる。
恐らく誰もが読んで行くうちに「どこかで聞いたような」「なんか知ってる」━こんな気持ちになるのではないかな。かく言う私もそれがはっきり判ったのは「百家楽餓鬼」。小説では大手運送会社の御曹司の犯罪ということになるのだが、ギャンブル依存症で、多額の会社の金を使いこんでしまったという話。読んでいるうちに「あーこれ、どっかの製紙会社の社長の話と同じだ!」と気づいたのであった。
実話の方はどうなのか詳しくは知らないけれども、この男、ギャンブルで大金を使いまくるということを繰り返す反面、貧困のこどもたちを救済するために、妻と一緒にNGO団体の活動に励んでいた。このアンバランスな感じがとても奇妙に映る。
吉田さんのオリジナル小説ではあるのだけれども「なーんか知ってる」って感じがどの作品にもあったせいか、フィクションとノンフィクションの狭間を行ったり来たりしている感じがなんとも落ち着かない。
あれこれ登場人物の気持ちを探ってみたい気持ちもあったけれども、ただただ事件内容を追うって形の読書になってしまった気がします。これはこちらの読み方に問題があったのかもなぁ。
そんな中、「万屋善次郎」の話は一番印象的だった。人が精神的に追い込まれ、崩れて行く様子が村社会の閉塞感と相まって、とても暗く、静かに恐ろしい話でありました。
本書を読んで「犯罪」というものは、その種類も多く、本当に複雑なものであることを改めて感じさせられました。そしてその犯罪が起こるまでの時間に一体何があったのか?ニュースだけでは知り得ない事件の深い部分に触れるような作品でした。映画にもなったそうですね。映像化されたものも観てみたいと思いました。