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*** 新しい本との出合いがきっとある★書評ブログ ****

【レビュー】影に対して―母をめぐる物語:遠藤周作

 

 

影に対して―母をめぐる物語:遠藤周作著のレビューです。

 

遠藤周作がこの作品の公開を望んだかは不明だが、読者としては最高のプレゼントになった

 

息子にとって母親の存在とはどんなものであるか。

遠藤周作氏にとって母親とは、死ぬまでずっとその姿を追い、見つめ続けていた存在だということがヒリヒリとする感情を交えて文字となって表れる。

 

平凡な生活こそが幸せだと言う父と、バイオリンを弾くことに没頭するエキセントリックな母親との間で育った主人公の勝呂(すぐろ)は、小説家になる夢を諦め、探偵小説の翻訳をする妻子ある男。

 

名前は違えど、勝呂少年は遠藤氏自身のことである。中国での生活、両親の離婚、母親との生活、関わりのあった牧師、キリスト信仰等々を次々と顧みる。7編の小説はどこからも「母」の気配が濃厚に漂っている。

 

勝呂が母親を見つめる目はどこか遠慮がちであり、普通の子どものように甘えたり、我儘を言ったりという感じではない。いつも物陰から静かに母親の姿を追っている感じの子どもだ。そんな少年にもやがて反抗期が訪れ、母親の知らないところで悪さをしたりする。けれども彼の頭の中には常に母がいるのだ。

 

母親の死後は墓参りを欠かさない。母に対してあれこれ思うことはあるけれど、それを他人に言われるのを嫌う。自分と母を遮る者をなによりも嫌がり、それらの思いは母の信仰を導いた牧師にまで向かう。

 

この牧師の話もひとりの男の話として非常に深いものがあった。遠藤氏がキリストを信仰していたのは有名な話だが、そもそもの部分がなんであったのかも合わせて知ることができる。ここにもやはり母の存在が大きく影響しているわけだが。

 

 

 

 

これらの作品は長崎市遠藤周作文学館が発表したもので、原稿用紙の裏に書かれた草稿2枚、秘書が清書した原稿が104枚、遠藤家から寄託されたという資料約3万点の中から学芸員が見つけたと言う。

 

本書の表紙裏にその原稿の一部が載っている。思わず目を凝らしてしまうほど、小さな字がびっしり詰まった原稿からは、遠藤氏の想いが溢れ出て来そうなほど。削っては書き、書いては削って。次々と浮かび上がる文字から、母親との思い出を辿りながら書いていることが感じ取れる。

 

遠藤氏にとって母親は、厳しく恐い、そして憧れの存在でもあった。一人で亡くなった母に対して自責の念も強く、複雑な想いが常に彼の人生に付き纏っていた。

 

身内のことを書いて発表することを徹底して控えていたと思われる遠藤氏。これらの作品が後に見つかって出版されたことについてどう思っているのだろう?書いて残していたってことは、いずれ世に出ることを覚悟の上だったのかなぁ。

 

とにかく読めて良かったと心から思えた作品。ちょっと息苦しい内容ではあったけれども、わたしはこの作品の持つ雰囲気がものすごく好きです。なんだろう、たまに外国の作品を読んでいるような感覚になったのも不思議です。

 

同著の「深い河」はこれまで読んで来た本のベスト10に入るくらい好きな作品なのですが、それ以降、遠藤周作本は読んでいなかった。再びこの本で遠藤氏の貴重な作品に触れられたことは、自分の読書生活のなかで大きな収穫となった。