真鶴 :川上弘美著のレビューです。
読み終わったばかりなのに、もうこの小説が恋しいのはなんだろう。
「濃淡のぐあいが、ふしぎな話ですね」
「あかるいはずなのに、みえない。影ができているところに、何かが見えたりする」
これは小説内である人物が主人公の書いたものを読み終わったところで出た言葉です。小説の中の人の言葉なのに、なぜだかわたしには、「真鶴」のことを言っているみたいで、それこそ不思議な気持ちにさせられた。
現れたり、消えたり。明るくなったり、暗くなったり。
まるで何日も熱にうなされ、あの世とこの世を行き来しているようなうつらうつらした世界、一体自分の見ているこの風景はどこなのだろう?と何度も考える。「真鶴」という現実的な地名だけがふと我に返るものになる。本当不思議な小説です。
主人公の女性・京は作家で、娘の百と母親との3人暮らし。京の夫は12年前に行方不明になったまま。これと言った原因もなく、突如帰って来なくなった。
京は夫の失踪後からずっと魂を抜かれてしまったかのような生活を送っている。いや、実際は仕事もしているし、家族との日常もある。肉体関係のある男性の存在だっている。でも、それらの生活にはいつも霞がかかっているような雰囲気を纏う。
京は何かに呼ばれているかのようにたびたび「真鶴」を訪れる。そして京には「ついてくるもの」が居る。幽霊?それらはこの世のものではない。見えたり、消えたり、声が聞こえたり、と。京にとってそれらは鬱陶しい時もあるけれども、頼りになることもある。
一体京はどこに生きている人なのだろう。
寂しさが積もるほど京の精神はこの世からどんどん離れて行ってしまう感じがとても心細い。そして目が離せない。
ふわっとした掴みにくい小説であるのだけれども、生きる、死ぬ、生む、そして女性の性がしっかり描かれている。ラストもきちんと光が差し込んでいるので、読後感もすこぶる良好でした。
読んでいる間はそれほどでもなかったのに、読み終わたったあと、ものすごくこの小説から離れたくない、恋しい.....。この気持ちはなんだろう。やけに気持ちを持っていかれたような感覚が確かに残っている。「センセイの鞄」のように、わかりやすい恋愛ものも良かったけど、こういう川上作品も好き!