熊になった少年:池澤夏樹著のレビューです。
熊になった少年 (SWITCH LIBRARY Rainy Day Books)
- 作者: 池澤夏樹,坂川栄治
- 出版社/メーカー: スイッチパブリッシング
- 発売日: 2009/06/22
- メディア: 単行本
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命をいただくということとは?
少年イキリの一族はみんな狩人。熊を狩って暮らす人々です。
トゥムンチ族とアイヌ。どちらも熊を狩る。
とは言え、イキリのトゥムンチ一族は心正しいアイヌではありません。
アイヌは獲った熊に心から感謝し、儀式を行い、手厚く獲物の魂を神の国へ送ります。そして、祈ります。
それとは反対に、トゥムンチは獲った熊を馬鹿にして、自分たちの力を自慢する。
子熊には残り物ばかり与えて、いじめて、半端に育てて、大きくなるとただ殺して食べてしまいます。
子どもであるイキリはそうした環境で育っています。いつか自分も親と同じように狩りをする日を待っているのです。そして、親に言われた通り、子熊の世話をしながら暮らしている。
イキリの中には正しいも間違いもない。ただただ、親に倣い、見たことそのままが日常であり、大人になったら当然自分もそうなるのだと信じている。
トゥムンチたちには「かわいそう」という言葉がない。....というちょっと衝撃的な一文に出会います。
イキリは子熊に対して「かわいそう」という感情が生まれるのですが、熊に対してこんな不思議な感情になるのはおかしいと思ってしまうのです。熊に同情するするのは心が弱いからだ感じてしまうのです。
そんな少年時代を過ごしてきたイキリがいよいよ狩りに出ることになり、熊に襲われるという事態が起ここりみんなは殺されてしますのですが、なぜか彼だけは熊に襲われることはなく、そして・・・・。
この後の展開は、少年が熊になったり人間になったりと幻想的な世界に入って行きます。トゥムンチに何か変化が起きるのだろうか?そのあたりを期待しつつ読み進めるのですが、これがまたなかなか・・・。
「かわいそう」という言葉や感情を持たない世界で生きていた少年が、それに気づいた時の戸惑いがとても印象的でした。そして、「命をいただく」ということに対しての姿勢、習わし等々の大切さが、小さな話にたくさん詰まっていました。読後はずっと少年が下降していく黒い影が残っています。やがて、その魂がどこかに浮遊しているような気がしてなりません。
尚、本書は民話の体裁に仕立てた池澤氏の創作であるとのことです。