トンネルの森 1945:角野栄子著のレビューです。
疎開先での慣れない生活は、子どもにとっての戦い
東京育ちのイコは、幼くして母を亡くし、祖母と暮らしていたのだが、戦局が悪化したため新しいお母さんと最近生まれた弟と一緒に千葉に疎開することになった。
集団疎開の年齢未満だったのでしょうか。
親と一緒に疎開するという安心感はあるものの、疎開先での言葉や生活様式の違いなど、子どもなりに新しい生活に馴染むまでの葛藤があり、日々戦いの中にいるということがこの物語から感じ取れる。
疎開先は江戸川と利根川が分かれるあたりにある松田村。
今ではすぐ行ける場所だし、ましてや言葉だってさほど違いを感じないけれど、この時代はかなり違っていたのですね。
うんと遠い場所に疎開したんじゃないか?と思うほど、東京との距離がいろんな意味で遠くに感じられました。
父親は東京と松田村を行ったり来たりする生活で、イコは新しい母親と過ごす時間が多い。なかなか継母に馴染めないイコ。どこか遠慮があり、一歩引いた関係。学校へ行けば言葉が違うといじめられるが、こちらは陰湿なものではなく、徐々に友だちとも打ち解けてくる。
深い森の闇はイコの心を映しているかのように・・・
イコたちが住む家のそばには大きく暗い森がある。
ここは脱走兵が自殺したという噂がある森。
学校へ行くのにこの暗い森のトンネルを通らなければならないという・・・。
ただでさえ怖いのにこんな噂があるってことで、どんなに少女の毎日を憂鬱なものにしたものか。
このくらいの年齢のこどもにとって行き帰りの道って、結構重要なんですよね。ちょっとルートを外れるだけでも冒険になるし、朝見た動物や虫の死体が帰りにどうなっているか・・・とか。
そんな大事なルートにこんな噂があったら・・・本当に怖かっただろうなぁ。
さて戦争はどんどん自分たちの近くに迫って来ます。
食料不足、父親や知り合いの安否、継母との関係、留守番・・・
ラジオから聴こえてくる広島。
「どうしてこんなことになってしまったのだろう。
私の周りは、だれひとりとして、幸せな人はいない」
この深い森の闇がいつしかイコの孤独や不安と重なってくる。
しかし、「トンネルの森」、トンネルの先の先は必ず明るい。
歩いてゆけば必ず明るい場所に辿りつける。
そんな小さな希望が感じさせられる静かな終わり方。
あらたな灯りを燈してくれる物語であった。
角野さんの経験に基づいた作品ということです。