流星ひとつ:沢木耕太郎著のレビューです。
感想・あらすじ
藤圭子 日本にはこんなにも一本気な歌手が居たことを多くの方に伝えたくなる
言葉でどう表現したらいいのか分からない雰囲気のノンフィクション本で、非常に珍しいと感じました。
本当に会話だけ。最初から最後まで「鉤括弧」の往復で綴られているのです。二人があるホテルのバーで飲み始めるところから対談が開始されます。
1杯ずつ飲み進めるごとに、藤さんの歩いて来た道のりが徐々に見えてくるのですが、内容はどれも胸に迫るものばかり。
私は藤さんご本人のことは、ほとんど知らなかったのですが、最近こんな女性は滅多にいないだろうな…と思うくらい個性的で魅力溢れる人だった。
誰にも媚びず、まっすぐで、純粋で、歌うことに対してはまさに「職人」という言葉が浮かんでしまうほど一本気。そして、会話から読み取れると思うけど、すごく頭の回転が速い。
ぶっきら棒な話し方だけど、例話の用い方や説明などものすごく分かりやすく、
たびたび感心させられました。
言葉がストレートで、どこにも飾りがない分、矢のようにまっすぐに心に飛び込んで来る。いいですよ~藤圭子さんから発せられる言葉の数々は。
子ども時代から苦労が多く、家族の話など胸が苦しくなるような話も多い。
芸能界を含め一筋縄ではいかないことが日常だった藤さんが、潔く歌手を辞める決断をしたのも、この本を読むと理解できる。たとえ辞めることが「もったいない」と言われたって、藤さんは自分の意志を貫く。(沢木さんも歌い続けて欲しいと必死に訴えかけていたけどね)
曲の印象、藤さんの雰囲気、そして、最期の亡くなり方を思うと終始「哀しい人」というイメージが付きまとうのですが、引退後、沢木さんに宛てたアメリカからの手紙を拝見すると、のびのびと自由を満喫している様子が窺える。
その後、NYで宇多田氏と出会い結婚、宇多田 ヒカルさんの母になる。
本書は沢木さん31歳、藤さん28歳のときのもの。
内容が内容なだけに、もっともっと人生を重ねたお二人の会話という感じがする。
沢木さんの後記では、サーーッと時間が進み、すでに藤さんがこの世にいない時に移る。
宇多田ヒカルさんが発表した母親についてのコメントが改めて胸を打つ。
宇多田さんご自身も若くしてデビューし、結婚、離婚、そして、母親と同じく28歳で歌手活動を休業。このあたりの偶然にもゾクゾクするものがありました。
なぜ今になってこの対談が公開されたのか?これまでの経緯を含め是非読んでいただきたい。沢木さんの藤さんへの深い想いと配慮がたくさん感じられます。
本書は藤さんのことを知らなくても、十分深く入り込める内容です。日本には歌うことにこれだけのこだわりを持ち、魂からの歌を歌っていた歌手がいたことを、多くの方にぜひ知ってもらいたいなぁーと思うのであります。そういう意味でも貴重な一冊だと思います。
読後、興奮からなかなか抜け出せなかったこと。
そして、藤さんの「新宿の女」と、宇多田さんの「嵐の女神」を無性に聴きたくなりました。
文庫本