薔薇とビスケット: 桐衣朝子著のレビューです。
現在から昭和13年の芸者置き屋にタイムスリップ
25歳の竜崎徹は介護福祉士。
特に強い気持ちをもってこの世界に入ったわけでなく、なんとなく都内にある特別養護老人ホームに勤めて5年目の現代っ子。
ホーム恒例のお盆祭りの晩、彼は昭和13年の新橋の芸者置き屋にタイムスリップしてしまうのだ。
置き屋で寝たきりのそこの主人が喉を詰まらせ死にそうなところを、徹が居合わせ措置をし、一命を取り留める。やがて、その置き屋で主人の世話をするという形で住みこみで勤めることになる徹。今までやって来た仕事を活かし、懸命に主人の世話に励む毎日がはじまります。
この時代にタイムスリップした徹は、様々な人に出合います。なかには、老人ホームでお世話していた方の若いころと対面したり、美しい芸者・千菊に恋をしたり・・・・。
また、大好きだったおばあちゃんにひどいことをしたまま、最期のお別れが出来ず後悔していた徹は、娘時代のおばあちゃんにあれこれ口実を考えて会いに行く。もちろんおばあちゃんは徹のことを知らないのだが、しっかり自分の気持ちを伝えにゆくのだ。
本書は2つの時代を行ったり来たりしながら、少しずつひとつに繋がってゆくかたちで進みます。
終始感じることは、誰にでも一言では語りきれない過去があり、その人生はとても尊いものであるということ。ここに出てくる老人たちは、すでに記憶もおぼろげだったり、
人の手を借りないと日常生活が困難な人々ばかり。今、目の前にある姿からは、なかなかその人の過去を想像するのは難しい。
当然、介護士たちは、そのひとりひとりの過去を踏まえて接することは実際できないわけだけど、徹は彼らの過去を見てきたという貴重な体験をしたことにより仕事に対する、いや、利用者たちに対する気持ちがひとまわりもふたまわりも大きく変化する。
介護する側、される側、現在と過去、様々なものが交わりながらひとつの形になってゆくストーリーから、人生の深さと、生きることの大変さを考えさせられた1冊でした。
実際の現場の厳しさを理解するなんて、経験のない私にはとてもできないけど、「寄り添う」ということの大切さを教えてもらいました。これは介護士だけではなく、家族や周りの人々がはじめの一歩として頭に入れておきたいことなんじゃないかと感じます。
さてさて、物語は意外な場所で意外な人物と徹は再会してラストを迎えます。
最後にきてこれは・・・泣かせるではないか!