離陸 絲山秋子著のレビューです。
☞読書ポイント
【感想】今までとはひと味違った絲山作品の魅力が!
ここ最近の絲山作品しかまだ知りませんが、本書はを数ページ読むと「あれ?これ絲山さんの本だっけ?」ってくらい、なんとなくいつもと違う雰囲気。
その感じはずっと続き、読み終わった時には絲山さんの作品であったことすら忘れていたという。何が違うってあのドスンとくるパンチがない。言いかえれば、非常に静かで、別の意味で余韻がいつまでも残る作品でした。
国土交通省に勤める佐藤は30代の独身男性。
群馬県の八木沢でダムの管理をしている佐藤の元へひとりの黒人男性・イルベールが彼を訪ねにやってくるところから、彼の人生が動き出す。
「女優を探してほしい」 ───イルベールはこのことを唐突に伝えに来たのだ。
その女優とは、佐藤が昔付き合っていた女性。舞台は佐藤の転勤とともに次々と変化してゆく。ユネスコ本部のあるパリ、熊本、唐津、実家の四日市。
佐藤は大切な人々を得ていく半面、悲しい別れを繰り返す。
本書はそんなシーンを何度も見なければならない。
「死」の場面自体は淡々と描かれているのだが、それでも誰かが亡くなるごとに、しばらくその一文に目が張り付いてしまいページをめくる手がピタリと止まってしまうのだ。
去ってゆく人々を目の当たりにするたびに、押し寄せるやるせなさと喪失感に、何度深いため息をついたことか。
「こわいんや」死は数十年以内、早ければすぐ起こりうることだ。可能性は100%だ。ぼくは人の死が怖い。これ以上、知っている人が亡くなるのが怖い。(中略)
みんながみんな、ぼくも含めて滑走路に向けた渋滞の死の列にいて 少しずつすすんでいくことが怖い。
死の恐怖を「空港」という場所に置き換えて表現している絲山さん。
すごく分かりやすい。分かりやすすぎて、怖い。
そして、「離陸」。
離陸する、すなわち旅立ちを表す。死を表す。
ここに登場する人々の人間関係は幾重にも重なった厚い層から出来ているので、あらすじを書くことは難しい。たとえ短い時間しか一緒にいられなかった関係であっても濃くて深いのだ。
なので、簡潔にまとめてしまうことすら躊躇われる。
佐藤の歩いて行った道を、是非一緒に辿ってみて欲しい。
謎解きなどミステリー感を持たせながらも、後半になるほど、人の死というものに向き合わなければならない辛さは増すが、ラストは若い息吹と、新しい一日を感じさせられる明るさが見えた。
さて、本作20冊目の本となった絲山さん。「自分は短編書き」とおっしゃっていますが、長編もなかなか読み応えがありました。で、また短編中心に戻るのかしら?と思いきや、「迷ったら苦手な方へ進め!」と、ご自身に言い聞かせているそうだ。
いや~すごい言葉です、なかなか言えません。格好いい!
やっぱ最後の最後に来て、パンチが利いていました!
【つなぐ本】本は本をつれて来る
同じ「喪失感」でも作家によって表現が違い興味深い。梨木さんの「海うそ」は、自然の中で味わう「喪失感」。変わりゆく風景と主人公の持つ喪失感が自然の中に浮かび上がる。