トリニティ:窪美澄著のレビューです。
直木賞候補とか抜きにして、一度は是非読んで欲しい窪作品。働く女性たちの今と昔をリアルに切なく描く。次のバトンを受け取るのは私たち。
一歩一歩、働く女性たちの歴史を辿る話。とても長かったようでもあり、読み終わると短かったようでもある。窪さんのいつもの小説のようでもあり、そうじゃない新鮮な風も吹いている。
女性が社会に出て働くのが難しかった昭和初期。続々と社会に出て男性たちと同じように働きに出るようになって来た昭和後半。そして平成。いつの時代も女性たちは仕事、結婚、出産の狭間で悩み続けている。
人気のイラストレーター早川朔、ライターの登紀子、一般事務の鈴子。三人三様の生い立ちからはじまり、やがて彼女たちはある一時、同じ出版社に所属する。その後、各々の道を歩いて行くのだが・・・。
よくある女の半生を描いた設定ではあるのだが、後半へ行くほどどんどん釘付けにさせられる魅力のある作品。特に新宿のデモのシーンから何かが弾け散る感じは、未来が開けていくような景色が広がる。
しかし、それも人生の通過点に過ぎない。彼女たちはまた厳しい現実に立ち向かって行く。
この50年、女性の社会進出は前進したのだろうか?
本書を読んでいると、彼女たちが脇目も振らずに自分を売り込みに行き、新しい道を切り開いていく逞しさは、ある意味羨ましくも思える。未開の道だからこそ自由に動けたというのもあるかもしれない。また、仕事量が増えれば増えるほど犠牲にしなければならいものも増えていく。これは今も昔も変わりない。
表題「トリニティ」とは、3つの部分、キリスト教における三位一体のことで、本書では、かけがえのない三つのものと言い換えられるとされている。「仕事、結婚、子ども」このバランスを取ること、すべてを手に入れること、読めば読むほどこれらを掴み取ることの難しさがひしひしと感じられる。
3人の女性たちの歩んだ道のりを、鈴子の孫が登紀子の元へ通い、根気強く聞き出し、当時の様子を掘り起こすというスタイルで展開される。どの人生も深くて苦い。
若い世代を聞き役にしたことがこの物語の肝であるように思える。それにより、ここまで道を切り開いて来た女性たちからこれからさらに切り開いていく女性たちへとバトンを渡すのだという作者の強い思いが感じ取れる。それがなんとも心地よく、読み終わってからの充足感は、もしかしたらこれまで読んで来た窪さんの作品の中で一番だったかもしれません。
大仕事をして来た先輩たちのバトンを受け取ったのは孫の夏帆だけでなく、私たちへにも向けられている。
レビューは他の小説をもう一冊読み、数日後に書いた。ということで、この小説の旨味が全然伝えきれずにいる。とにもかくにも、窪さんは私たち読者に変化球を投げて来る。その面白さを存分に味わえた作品であったことは確かです。