流れる星は生きている:藤原てい著のレビューです。
◆ご家族の写真をお守り代わりに読んでいました。
一気に読めないほどの重さがあった1冊。
この本を読んだ後は、
しばらく他の本を開く気にさえなれなかった感じであった。
内容は以下の通り
昭和二十年八月九日、ソ連参戦の夜、満州新京の観象台官舎―。
夫と引き裂かれた妻と愛児三人の、言語に絶する脱出行がここから始まった。敗戦下の悲運に耐えて生き抜いた一人の女性の、
苦難と愛情の厳粛な記録。
藤原ていさんが6歳、3歳の息子と、1か月の娘を連れて満州から長野県に
引き揚げてくるまでの記録とも日記とも言える形で綴られて行きます
。
何度も泣くのを堪えながら読み続けました。
しかし、第二部の「白い十字架」で長男の命が尽きそうになる瞬間まで
どうにかしようと、なりふり構わず懸命になる母親と、素晴らしい医師の対応と…
ここで私も決壊。今日はここまで…と読むことも中断する。
後半は、朝鮮半島、38度線を目指しての過酷な状況を目の当たりにします。
ここでは泣くのも申し訳ないというか、どう感情を処理していいのか
分らないといった感じで、ただただ、ていさんと子供たちがなんとか
無事であってほしいと祈るばかり。
気を落ち着かせるために、はじめのページにある昭和31年に撮られた
藤原さん一家の写真をまるでお守りのように何度も見てしまいました。
一人も欠けることなく、無事でいて欲しいと。
(ある意味、私にとっての生存確認行為)
ていさんが辿った地図が載っている。
ほんの1ページに記載されたていさんの足取り。
汽車で移動した部分、徒歩で移動した部分。地図にしてしまうと
ほんの小さなエリアにしか見えないのがなんだか悔しい。
悔しいというのも変なんですけどね。あんなに苦労されたのに
こんな地図の小さい一部分なんて…という気持ち。
26歳の女性が経験するには、本当に本当に過酷すぎる出来ごと。
そして「母は強し」などと簡単な言葉では括ってしまえないほどの
重みがこの本には今も生きている。
この話はテレビドラマ化もされたそうですが、残念なことに
私は見ていません。花王愛の劇場ってことで昼ドラじゃないですか!
なんとなくですが、今回は何故か映像化されたものより、
御本人の気持ちのままの本が良さそうだなぁーと感じました。
最後に、ていさんの御家族である御主人は作家の新田次郎(本名・藤原寛人)、
数学者でエッセイストの藤原正彦は次男。『国家の品格』 著。