風の靴:朽木祥著のレビューです。
感想・あらすじ 様々な場面が夢のなかの出来事だっかのようにきらめいている。
生きる上での大事なこと、忘れていた無邪気な心、子供ならではの繊細な気持ち、大人になって見えなくなったもの等々をひとつひとつ拾いあげていくような楽しさや興奮は一言では言い尽くせないものがあった。
常に優秀な兄と比べられそれがコンプレックスになっていた少年・海生。
中学受験失敗の上、大好きなおじいさんが亡くなってしまった夏。
鬱々としていた海生は、親友の田明と愛犬を連れ家出を決行する。
家出と言ってもその計画は壮大だ。
それはおじいちゃんが遺したヨット・ディンギーに乗って海へ向かうものだった。
緻密な計画と準備をし、ヨットに乗り込むのだが、どんなに準備をしても予想外のことは起きる。
海の厳しさ、ヨットの操縦、人命救助、キャンプファイヤー、釣り、宝さがし。
次々現れる難題。海生はおじいちゃんの遺した言葉や教えを頼りに、知恵を絞り、最良の判断をしながら旅を続ける。
それはおじいちゃんとの思い出を辿るような旅でもあり、おじいちゃんとの別れの旅にも感じられる。
短い時間の中で、彼は自分の抱えていた問題から解放され、生きる上での大事なことに気づく。
少年の成長を描いた作品であるが、ワクワクするようなヨットでの冒険と、楽しい仲間たちが生き生きと描かれているのが最大の魅力である作品だと思う。
いつの間にか加わっている田明の妹・八千穂のお茶目さに笑い、ひょうきんな愛犬・ウィスカーの行動を微笑ましく眺め、海を漂流していたちょっと怪しい風間ジョーの登場から、旅を通して変化する彼の姿も今となっては懐かしい。
そして何と言っても、もう会えないおじいちゃんは、この物語の中でしっかりした頼もしい「帆」のような存在であり、憎らしいくらい格好いいのである。
無謀ともいえる小さな冒険。
ずっとこのまま漂っていたいと思ったのは彼らだけではなく、読者のわたしたちも同じ気持ちだ。
でも夏は終わる。休みも終わる。青春も終わる。
海生、田明たちがこんなにも興奮するようなきらめいた時間を過ごしたことに気づくのは、きっとさらに時間が経ってからだろう。
あの日と同じような日差しを感じたり、同じような風に偶然出会った時に、「特別な夏」が再び輝きを放つと思うのだ。そんな記憶がある人生は本当に豊かで幸せなことだということも。
朽木祥について
広島市生まれ。上智大学大学院博士前期課程修了。首都圏の大学で教えながら、2001年より児童文学の創作を始める。『かはたれ』(福音館書店)で第35回児童文芸新人賞、第39回児童文学者協会新人賞ほか受賞