白い紙/サラム :シリン・ネザマフィ著のレビューです。
去って行く人々の後姿には悲しいほど戦争の影が付き纏う。
「白い紙」「サラム」の2編を収録。著者のネザマフィさんは1979年テへランで生まれの女性。神戸大学大学院修了後、大阪でシステムエンジニアとして働いているそうだ。
「白い紙」「サラム」どちらも軽快なリズムを持って読める文章でしたが、後半に行くほど息苦しさを帯び、やるせない悲しみが襲ってくるような深みのある作品であった。
「白い紙」はイラン・イラク戦争時の話で、医者の娘である高校生の少女が同級生のハサンに恋する話からはじまる。
ハサンは母親の治療の付き添いで少女の家に訪れるようになる。少女がハサンを目で追う様子、近づく様子、徐々にときめいて行く気持ちが初々しく、こちらの気持ちも弾むわけだが、宗教上、男女が仲睦ましく一緒にいられるという環境ではない。
そんな中、人の目、親の目をかいくぐり、少女は信仰心からではなく、彼に会いたいがために断食中のモスクへ出かけていく。恋する少女の行く先はいつだってまっすぐ好きな人に続いている。
やがて町も戦争の色が濃くなって行く。医者になるために大学受験をした彼も諸事情により、夢を捨てなければならない状況になってしまう。
瑞々しい少女の恋心、そして戦争によって将来ある若者が止む無く背負わされたものにやるせなさを感じずにはいられません。
夢も恋も家族も....まるで行き先を失った切符をただただに握りしめるしかない
といった気持ちで幕を閉じた。
もう一つの作品「サラム」の舞台は日本。難民認定の問題の話で、アフガニスタンの少女が日本で難民として申請できるよう動き回る日本人弁護士と通訳者の話だ。
こちらは日本が難民受け入れについてどのような姿勢であるかを突き付けられたような内容で、大変厳しい現状を知ることになる。
二編とも戦争を全面的に押し出した作品ではないのですが、去って行く人々の後姿には悲しいほど戦争の影が付き纏う。
決して遠い国の話ではなく、日本にだって関わりが十分あるということに気づける内容でもあります。
一読する価値がある作品だと強く思います。





