私の大阪八景:田辺聖子著のレビューです。
前へ進むことに何よりも力を注いでいた時代と田辺聖子
田辺聖子さんの自伝的小説とのことで、戦争前後の大阪の下町の人々を描いたもの。時代が時代なだけに暗い雰囲気の小説かな?と最初は思ったのだけれども、読み終わってみると不思議と当時の日本人の活き活きとした姿が強く残った。
今の日本よりもずっと苦労が多かった時代なのに、人々の力が漲っていてキラキラした印象すらある。もちろん戦争で亡くなった人、人種差別や男女同権など、乗り越えなくてはならない数多くの課題や問題はあったもののカラッとした雰囲気なのはお聖さんならでは。
この時期に少女から思春期を迎えた主人公。ユーモラスを交えて当時の青春時代が描かれる。
物語は戦後になり、天皇陛下の梅田巡行を迎えるラストを迎える。旗を振る興奮状態の人々。やがてどこからともなく死者の声も混じり合う。新しい時代に向かっていく華やかさの中に、切なくも悲しいなんともいえない余韻を残す描写に心が沁みる。
戦後間もない頃、私たち日本人は皆前へ進むことに何よりも力を注いでいた。ひとりひとりの気力が満ちた時大きな光となって国が開けていくものなんだなーと思った。
今の日本ではなかなか見られない風景がこの本のなかにあった。