八つの小鍋―村田喜代子傑作短篇集:村田喜代子著のレビューです。
降参!降参!何に降参しているのか分からんが・・・そう叫びたくなったのだ。
村田さんの長編を読み続けてきたわけだが、ここらで短編も・・・と。これまで村田さんの短編を手に取らなかったのは、長編のグググッと引きずりこまれるような奇妙な読み心地と余韻が何よりも癖になっていたから、果たして短編でその感覚が味わえるものか?と一抹の不安があった。長編と短編でガラッと印象が変わってしまうのをちょっと恐れていました。
で、結論から言いますと、「ぎゃふん!」です(笑)
短編集だから一つ読んで「ふぅ・・・」となる暇もなく次々読んでしまったので、頭の中がなにやら混乱。軽いめまいを起こしている状態です。
村田作品半端ねーー!なになにこの人!?初めて読んだ作家でもないのに、圧倒されっぱなしです。
婆さんたちが蟹だったり、いろんな動物を出産した女の話だったり、夫に足の指切らせちゃった妻の話とか。「くの字」ではなく、「つの字」に曲がった老女とか、よその団地に行っては花の種をまく老女とか。
なんだかいろんな作品に出てくる婆さんが強烈で、なにをどう感想として述べれば良いのかすらも・・・。
長編、短編、共通点をあげるとすると、「老い」をどう表現するか?ここに大きな特長があるように思える。
俗にいう老人の「枯れる・枯れてゆく」といったものより、時を重ねて来たものだけが纏う得体の知れないゾワーとした何かが、いろんな形となって現れる。その現れ方が猛烈に不気味です。
長生きすること、生まれ変わること。内容は違ってもどこか著者の「蕨野行」に通ずるものがあります。
特に作品のラストに圧倒されることが多く、その余韻は長編、短編どちらも同じようにやって来る。それは読者が全く想像しなかった形で現れるものだから、いつもギョッとさせられちゃうんだなぁ。村田さんは他の作家にはないいい意味でのぶっ飛び感があります。
ということで、まとまった感想が書けてないのが口惜しい。図書館本ではなく本を買って読み直すことにします。一編一編ゆっくり読み返し、ずっぽり村田さんの世界にもう一度自ら迷い込んでみたいと思いました。




