一葉の「たけくらべ」 ビギナーズ・クラシックスのレビューです。
美しい文学だと心から思えた作品
吉原を描いた作品はたくさんの人々に書かれていて、どれも魅力的ではあったけど、私の読書生活をもしやり直せるなら、小説の中の吉原はこの一葉の「たけくらべ」からスタートしたかったと思ってしまうほど素晴らしい作品だった。
一葉の描く吉原界隈は、彼女がこのあたりで駄菓子屋をやっていたこともあったからでしょう。その雰囲気が今まで読んだどの本よりも伝わって来るものがありました。また、多くの子供たちの様子も、日々お店に来る子供たちを観察していたからこそ、ここまで細かく活き活きと描けたのだろう。
花魁がたくさん出て来る話でもないのに、街の様子がすっごく伝わって来るのです。吉原は大人の歓楽街。大人が中心の話が多い中、この話は子供たちが中心です。子供目線で見る「吉原」も新鮮です。
もちろん土地柄、特異な家庭に育つおませな子供たちが多い。やくざ気取りで肩に置き手拭いをし、鼻歌まじりに遊郭の流行歌を口ずさむ15歳の少年なんかが歩いている。学校の唱歌にも「ぎっちょんちょん」なんて囃子言葉付けて拍子をとるような子供もいる。
そんな独特な土地に住む子供たち。主な登場人物は…14歳の美登利はいずれは遊女になる少女。13歳の正太郎は美登利と仲の良い近所の男子。15歳の信如(のぶゆき)は僧侶の息子です。
この界隈の子供たちは横町組と表町組に分かれていて、顔を合わせては喧嘩を繰り返します。そんなドタバタをしながら、「これって恋……かも?」と本人すらも気づかないほどの淡い淡い各々の恋愛の話が密かに進行して行きます。
印象的なシーンは何と言っても雨のシーンです。
美登利の家の前で鼻緒を切らした信如。美登利は信如と気づかずに外に出てみるが、彼と分かると声をかけられず、そのまま鼻緒の端切れを置いて立ち去る。そして信如は信如でそれを取らずに去って行くという…。
なんとも不器用な二人が、もどかしいんだけど、この年代特有のぶっきら棒な感じがちょっと羨ましくもあり、懐かしい感情にキュン。
この恋は、美登利はいずれ遊女。そして、信如は仏教の学校に進学するという未来があり、行く先、恋が実ることはない。
しかし…例え実らなくても、ラストシーンはとても奥が深い。余情深く幕が閉じたこの話の先には、確実に大人へのステージへ上がった彼らの姿を実感させられるものがあり、私達の心に響いて来ます。
それは具体的な会話でも、その後の話があるわけではないけど、「一輪の水仙」が私達にそう伝えて来たように感じました。
当時、あんなに苦しい生活しながらも、小説の勉強をしていた一葉さん。その努力はしっかり私達に届いている!と伝えてあげたくなる。本当に…。
話の中で「日暮里」が出て来る。日暮里火葬場のことらしいのですが、1年後、この日暮里で一葉も荼毘に付された。まさか1年後に自分がその場所で…なんて考えもしなかったでしょう。ん~やはり皮肉なもんだね…一葉さん。
このシリーズの細やかな解説がなければ、やはり作品の素晴らしさをこんなにも感じられなかったと思う。そういう意味でも感謝したい1冊だ。