箱の夫:吉田知子著のレビューです。
感想・あらすじ 箱の中に夫を入れて一緒にお出かけ…って一体!
この本、何故、リストに入っていたのかすっかり忘れていたのですが、たしか、岸本佐知子氏のエッセイで紹介されていたものかも?このなんとも言えない不気味さは彼女が紹介したのだとしか思えない(笑)
「箱の夫」…もうすでにこのタイトルからして異様。
夫と姑と暮らしている主婦。夫は家の中でPCを使って仕事をしている。
妻のためにコンサートチケットも買ってくれる優しい夫。
二人で外出することに、浮かれる妻。
どこにでもいる夫婦の姿が描かれている……… と思いきや、その外出に備えて、妻は箱を探し出す。このあたりから、読者はどんどん現実世界から不思議な世界へ運びこまれてしまうのです。
降りても降りても目的地に着かない階段をひたすら降りていくような世界。
ようやく着いたところで、この夫は何で小さいのか?どうしてこうなってしまったのか?謎は謎のまま読者の存在を無視した状態で話は進んで行く。
夫が箱に収まるほど小さいとか、箱の中に入れて一緒に外出するなんて発想自体がとんでもなく奇抜ですよね。
箱は風呂敷で包める程度だけど、お買いものには邪魔になる大きさ。
だからいつも一緒に行くわけにはいかない。
「ちょっと行って来ますから」と妻が言うと「シューッ」と音を出す夫。
実際、こんな夫が居たらどうです?ペット感覚でいいかも?
いやいやあり得ないか…。
やがて、夫は出先で事故に遭ってしまうのだが…。
このようにちょっと他にない短編が本書には8話入っています。特に文章が読みにくいわけではないのですが「え?え?」と思うことが多く読み切るのに少し時間がかかりました。
吉田知子さんという作家を初めて知ったのですが、表題作以外に、老後に起きる遺産にまつわる家族との微妙な関係性、距離感、老人の孤独感などを扱った作品も含まれ、全体的には「死」を意識させられるものが多い。読みごたえもあるのですが、最後にグルッと反転する世界へもって行かれるのも特徴です。
まったくもって掴みどころのない作品が多いのですが、掴めないなりの面白さがある話ばかりでした。岸本氏のエッセイを初めて読んだ時の感覚に近い。
吉田知子について
1934(昭和9)年、浜松生。新京(現・長春)、北満ナラムト等で幼年時代を過し、終戦時は樺太・豊原に居住、1947年に引揚げ。夫の吉良任市とともに、反リアリズムを目した同人誌「ゴム」を主宰。1970年、『無明長夜』で芥川賞。1984年、『満州は知らない』で女流文学賞、1994年、『お供え (講談社文芸文庫)』で川端康成賞、1999年、『箱の夫』で泉鏡花賞。(新潮社・著者プロフィールより)