火山のふもとで:松家仁之著のレビューです。
好みかどうか?楽しみにしていた作品。さて・・・
「沈むフランシス」を読み終わったとき、どう感想を
述べてよいのか戸惑いが隠せなかった。
そのくらい自分にとって掴み切れない部分が多かったのですが、
今回はそのようなこともなく、「なるほど、読ませる作品だ」
と納得した。しかも、デビュー作でここまでのクオリティー、
脱帽です。
松家さんの小説からは、独特な空間と時間の流れを感じる。
常に自然がそばにあって、静かで穏やかに流れる空間の中に
身をおく人々の日常が自分の中で一体化していく感覚が
本当に心地がよい。
本作は老建築家が経営する「建築事務所」の話。
なので、仕事の雰囲気が強い感じなのかと思いきや、
浅間山のふもとの山荘を「夏の家」とし、夏になると
事務所機能をこの別荘に移して仕事をするという設定なので、
忙しいながらもどこかゆったりとした時間が流れている。
入所したばかりの「ぼく」をはじめ、人々は東京を離れ、
この山荘にやって来て、「国立現代図書館」の設計コンペの
準備に取り組みます。
建築にまつわる話、老先生の言葉、美味しい食卓、
ご近所の人々との交流そして先生の姪と「ぼく」のひそかな恋。
これらの話がバランスよく、そして細かい部分まで行き届いた
丁寧な描写がより鮮明に読者の視界の助けになって広がってゆく。
建築家って格好いいなーって思っていたのですが、
一体どんな風に仕事を進めているのか実態をしらなかった私には、
なかなか興味深い話も多かった。
経験豊富な先生の建築への想いが語られる部分が特に好きで、
先生が語り始めると思わず集中して耳を傾けてしまう。
後で知ったことだけど、松家さんは建築関係のお仕事を
なさっていたわけでもなく、この小説を書くにあたって
特別な取材をされたわけでもないらしい。
─────「建築はずっと好きで、設計図集を見たり、
いろいろな本を読みつづけてきました」
これには思わず「え?まじか・・・。」って声が出ました。
私はてっきりものすごい取材を重ねて来たのだろうなぁ・・・と
思っていたので、この発言にはびっくりです。
好きなだけでこんなに書けるとは・・・。
実際の現場とどのくらいギャップがあるのかは分からないけど、
建築という仕事観に触れられてよかったです。
余談ですが、この話を読んでいて学生時代のスポーツ合宿のことを
思い出しました。合宿なんて憂鬱そのものだったけど、洗濯場や
食堂なんかで先輩の目を盗んで好きな人と交わす視線や会話が
めちゃくちゃ楽しかったな~と。
本書に出てくる「ぼく」を見ていて甘酸っぱい記憶が
蘇りました(笑)
カリカリカリ
サリサリサリ
朝の仕事が始まる前に鉛筆削る音。
日常の些細な音までも読み終わったあとは愛おしく、
先生たちと過ごしたあの夏は「ぼく」にも私たちにも
心にいつまでも刻まれた特別な日々に・・・。