あのひとは蜘蛛を潰せない :彩瀬 まる 著のレビューです。
感想・あらすじ
怖いものは 怖い
虫がきらいで、部屋のなかに入って来ないようちょっとの間でも窓やドアを開けるときは注意している。こまめに開け閉めするのは、結構面倒な作業ではあるのだけど、虫が入ってしまって、それを駆除する作業と疲弊する時間を考えると、ドアの開け閉めなんて、小さな労力だと思えてしまう。
かつての恋人は、無言でサッサと処理をしてくれた。
だから、わたしは虫のさいごの姿を見ることもなく平和でいられた。
のちにその彼は、本当はものすごく虫が嫌いだということを教えてくれた。
「格好つけたかったんだ」と、ちょっとばつの悪そうな顔をして。
虫一匹もどうにかできない男性なんて、頼りない。
当時のわたしも、きっとどこかでそんな風に思っていたかもしれない。
でも、男であれ、女であれ、苦手なものは苦手。怖いものは怖い。
「だって、怖いじゃん」。平気で今は言っている彼のほうが好ましい。
(けど、堂々と言うのものではないよ。)
潰す?叩く?
薬局に勤める29歳の女性を描いた小説。
深夜のドラッグスストアにひょっこり現れた蜘蛛。
その蜘蛛をどうするか躊躇する男性店員の手を押しのけ、彼女はティッシュで慎重に蜘蛛をつまんで、外に逃がす。
国道を行き交う大型トラックの走る風景と蜘蛛。
深い夜を感じさせられる、印象的な話のはじまりだ。
本書は蜘蛛が潰せるかどうかの小説ではない。
ひとり暮らし、年下の彼氏、家族、母親の呪縛、仕事。
色々な場面で揺れ動く女性の心理を細やかに描き、いつしか読者を引き込んでゆく。
蜘蛛をすぐ潰す人、叩く人、つまむ人、逃がす人。
虫をどうするか、その人の性格が見えそうな一瞬である。
あなたはどのタイプ?
文庫本